「システムの動作についてシステム提供者と開発者のいずれにも責任がないという前提に立つと、どんなシステムも怖くて利用できなくなってしまう。システムの利用者が泣きを見るような社会になったら、Eコマース(電子商取引)は成り立たない。IT業界の人には、これでいいのかよく考えてもらいたい」――。

 こう訴えるのは、岩倉正和弁護士だ。岩倉弁護士は、みずほ証券が株誤発注の損失など約415億円の賠償を東京証券取引所に求めた裁判で、みずほ証券側の訴訟代理人を務める。

 みずほ証券は2009年12月18日、東証に約107億円の支払いを命じた12月4月の東京地裁判決(関連記事1)を不服として東京高裁に控訴した。東証は12月14日に控訴見送りを発表(関連記事2)しており、みずほ証券の対応に注目が集まっていた。みずほ証券は、一審判決を不服とする考えを改めて表明したことになる。

 高裁での審議を控えたいま、岩倉弁護士の問題提起に基づき、一審判決の妥当性やIT業界への影響について、本サイトの読者であるITプロフェッショナルの方々とともに改めて考えてみたい。

8分弱で400億円超の損失

 みずほ証券が誤発注により被った400億円超の損失は、わずか8分弱の間に生じた。8分間の経緯について、12月4日の判決内容とともに、改めて振り返ってみる。

 そもそもこの裁判は、いまから4年前の2005年12月8日に、ジェイコム株の誤発注によって400億円を超える損失を出したみずほ証券が、誤発注を取り消せなかったのは東証のシステムの不具合が原因だとして、東証に損害賠償を求めたものだ。

 発端は2005年12月8日の午前9時27分56秒である。みずほ証券の担当者が、その日に新規上場したジェイコム株について「1株61万円」の売り注文を「61万株1円」と誤発注した。初値が付かず買い気配が続いていたところに、大きな売り注文が入ったことで、売買が成立し始める。9時28分12秒には1000株超が約定、その後も時間を追うごとに61万株の一部が約定していった。

5分39秒間で損失250億円超、ここは東証の「重過失」を認めず

 みずほ証券の担当者は誤発注に気付き、9時29分21秒に取り消し注文を送った。誤発注の1分25秒後のことだ。だが、東証の株式売買システムに不具合があり、取り消せなかった。

 このころ、ジェイコム株の売買を監視していた東証の担当者は、1円61万株の売り注文が「板」に入っているのを見つける。9時29分46秒には、東証の担当者がみずほ証券に電話をかけ、誤発注なら取り消すように指示をした。

 9時33分17秒から40秒までの間、みずほ証券の担当者は、取り消し操作を繰り返した。それでも取り消しができない。

 9時33分25秒には、約定株式数が発行済み株式数の3倍を超えた。裁判長は判決で、「このときには、(東証は)売買停止の立案を決めるべきだった」と述べている。そこから、「売買停止の決裁やオペレーションにかかる時間を1分程度考慮しても、9時35分00秒には売買を停止できた」と判断した。

 裁判長は、この9時35分00秒以降について、東証に「重過失」があったと判断、東証の賠償責任を認めた。その理由を次のように説明した。「市場運営を担う東証は、1円61万株という売り注文が市場に及ぼす影響の重大さを容易に予見することができたはずなのに、この点についての具体的な検討を欠き、これを漫然と看過するという著しい注意欠如の状態にあって、売買停止措置を取ることを怠った」「東証には人的な対応を含めた市場システムの提供について注意義務違反があった」。

 ただし、9時35分00秒より前については、東証の「重過失」を認めなかった。裁判長は「不具合のある不完全なシステムを提供した」「稼働前のテストを怠った」としながらも、それだけでは重過失には当たらないと判断した。その根拠の一つとして、「不具合の発見が容易だったことを認める証拠がない」と述べた。

 東証に重過失がないことから、9時35分00秒より前の損失250億円超については、取引参加者規程15条に基づき免責とし、東証の賠償責任を認めなかった。取引参加者規程15条には、「取引参加者が損害を受けても、当取引所に故意又は重過失が認められる場合を除き、取引所はこれを賠償しない」とある。

9時35分00秒以降の損失150億円について、過失相殺を適用

 当日の経緯に話を戻す。9時35分33秒に、みずほ証券は誤った注文を買い戻す反対注文を開始した。9時36分00秒ごろには、東証に電話をかけて取り消しを要請したが断られた。電話の最中の9時37分18秒に、61万株がすべて約定した。

 9時35分00秒以降に発生した損失は約150億円である。この全額ではなく、7割の支払いを裁判長は東証に命じた。みずほ証券にも重過失があったと判断、過失相殺を適用したわけだ。みずほ証券の過失について、裁判長は「不注意な発注操作をした」「警告表示を無視した」「発注管理体制にも不備があった」「誤発注の後の事象の正確な把握や伝達に手間取った」などと説明した。

 東証の責任が7割という判決部分だけをとらえると東証に厳しい内容に思えるが、同社の賠償額は約107億円と、みずほ証券の請求額の4分の1である。

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