海外外注先と開発委託契約を締結した後,実際のオフショア開発が始まります。私が「海外アウトソーシング」に取り組み出した初期の頃に,海外ソフト会社との取引で経験したことをお話しします。

 まず日本側で「これくらいの内容なら海外外注できるだろう」と考え,要求仕様書をわかりやすく英訳して海外側に渡し,やれるかどうか検討してもらいました。そしてやれそうだとの回答を得てオフショア開発に進みました。

 最初のパイロットプロジェクトは,海外委託の評価が目的のため,QCD要求がクリティカルでなく,深いドメイン知識も必要とせず,IT技術中心で開発できるミドルウエアに関するプロジェクトを委託しました。

 上記のようなプロジェクトは要求内容がそれほど厳しくなく,かつ海外側も最初のプロジェクトを成功させるために優秀な人材も投入することから,大抵の場合ある程度の成果が出ました。そこで次にこれくらいならやれるだろうと考え,ボリュームのより大きなアプリケーション開発を委託しました。

 開発途中のレビューで確認したときには,先方より「ほぼ予定どおり」との回答が届きました。それが成果物を検収する時点で,「これくらいはできているはずだ。わかっているはずだ」と思われることができておらず,品質に問題があることがわかりました。期待と現実とのあまりのギャップの大きさに驚き,急きょうまく進めるための様々な対策フォローを行いました。その結果,最終的には何とか使えるレベルの品質に到達することができましたが,そのリカバリーの労力や代償には大きなものがありました。

 この原因となる日本側の問題点として,(1)要求定義/ドキュメントの質の低さ,(2)海外側に任せきり,(3)海外との意思疎通の悪さ,(4)委託の継続性のなさ──などが挙げられます。また海外側の問題点として,(1)日本のQCD要求に対する理解不足,(2)理解した範囲で実装,(3)プロジェクト管理力の不足,(4)担当者の離職──などがあります。

 「海外アウトソーシング」初期の段階では,これらの問題解決を担当者の経験だけに頼っていたため,国内や海外側の担当者が替わるたびに様々な問題が発生していました。担当者をできる限り固定するように依頼しましたが,事業の都合上どうしても固定できない場合も多くありました。このような状況下で常に一定の成果を上げるようなオフショア開発対応はできないものかと考えざるを得ませんでした。

文書化できない部分をいかに伝えるか

 オフショア開発では,仕様定義・ドキュメント・レビュー・検査要項書・受入検査など技術的または開発プロセスに関する改善の話がよく出ます。しかし私はそれだけでは不十分だと感じていました。なぜなら仕様定義・ドキュメントなどの「形式知」にできる内容には限界があり,ドキュメントなどにしにくく属人的な「暗黙知」が多く残っているからです。形式知と暗黙知の両方を制することが,成功の鍵です。

 私はこれまでの失敗や成功の体験を通じて,形式知だけでなく,暗黙知にどう対応するかが重要と考えています。多くの場合,海外側では日本のプロジェクトの経験がないため,背景や業務知識の存在に気づかず行間が読めません。そしてそのことを日本側も理解しておらず,対策していないので,「海外アウトソーシング」において日本市場の要求にうまく対応できない結果となっています。わかりきった失敗やロスは避けたいものです。

 暗黙知,すなわち文書化できない部分の重要性を実感した事例についてお話しします。ある海外委託プロジェクトにおいて,日本側の設計者が作成した検査要項リストを基に,海外側でソフトウエアの検査をやってもらうことになりました。私は日本語の検査要項リスト(数千項目)をわかりやすい英語ドキュメントで提供すれば,海外技術者のスキルが高いことから,ある程度は分かるだろうと安易に考えていました。

 実際には,このプロジェクトでは検査作業の前に,日本人技術者が現地で技術者の教育指導を行ない、海外技術者がすべての正常フローの実行と記録の作業を行いました。結局,提供した英語の検査要項リストそのものでのテストは行いませんでした。

 正常フローの実行と記録の委託作業がうまくいった直後に,英語の検査要項リストに関する理解度を聞いたところ,思惑とまったく異なっていたので大変驚きました。海外の責任者からの回答は次のとおりでした。

 「要項リストの翻訳ありがとうございました。プロジェクトの最初の時点ではこのソフトウエアの機能がよくわかりませんでしたので,要項リストの詳細については理解できませんでした。アプリケーションを実際に動かしてみた後に,そのドキュメントを読んで概要を理解することができました。そしてどの章をテストにすべきか,テストのシナリオについてもわかりました」

 もし,あのとき,海外側が「翻訳した検査要項リストだけでうまくやれます」と回答し,両者で安易に進めていたら,問題が発生したことは間違いありません。

 皆様,どうぞ形式知だけにとらわれず,暗黙知をどのようにトランスファーするかもよくご検討の上,「海外アウトソーシング」をお進め下さい。
 


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