NHK改革論議と放送・通信の融合に関する議論がホットになってきた。竹中平蔵氏が総務大臣になってから,NHK改革論に加え,「インターネットでテレビの生放送が見られないのはなぜか」といった発言が飛び出すようになり,これまで,触れられることのなかったよどみにさざ波が立ち始めた。これまで,ネットワークを通じたデジタルコンテンツを「ストレス無く楽しむ」ために忘れてはならない基本コンセプトを考察してきた筆者としては,ついに,良い風が吹いてきたという気分だ。

NHK改革が,葬られていた他の問題も浮き彫りに

 竹中総務大臣が日本放送協会(NHK)の経営形態の見直しなどを検討する「有識者懇談会」を2005年12月内に開き,通信と放送の融合までスコープに入れた議論をするという。来年6月をめどに,閣議決定する「経済財政運営の基本方針」にもこの議論は盛り込まれるという。ここでは,放送にスクランブルをかけ,受信料を払った人だけ視聴できるようにする,などの案も議論され,国民的な論議に発展していきそうだ。

 仮にそのような放送形態が決まったとしよう。受信料を支払い,正当に視聴しているユーザーは,お金を払ったのだからと,さらに安定してコンテンツが楽しめる環境を強く求めるようになるだろう。

 前回の私のコラムでも触れたように,HDD(ハード・ディスク・ドライブ)レコーダなどに録画した放送が,機器の買い替えなどに伴って視聴できなくなるとしたらどうだろう。コピーワンスの制限が加わったハイビジョン・フォーマットのデジタル・コンテンツを扱うのは,ユーザーにとって苦痛でさえある。いったんHDDレコーダなどに録画したコンテンツは,今はもう市場にほとんど存在さえしないD-VHSに「ムーブ」するしかなく,しかも,それは動作に不安定さが残るし,書き戻すこともできない。

 こうしたデジタル機器は,短期間で容量が倍増し,使い勝手も急激に進化する。これまで1番組しか視聴できなかった機器が,半年もしないうちに複数番組を大量に録画できる後継機種へと変貌する。しかも,半年前と同じ値段で機能は数倍。そんなわけで,機器を一新する人も多くなりそうだが,せっかく新しい機器を購入しても,コンテンツがムーブできないから,古い機器をそのまま置いておかなければならない。こうした機器同士のムーブや整理機能を今後はまじめに考えていかなければならなくなるだろう。

 前回の繰り返しになるが,そのような利用法においては,コピーフリーではなく,何回でもムーブしながらバックアップできる,あるいは,再生環境を固定していくつでもバックアップ・コピーが取れるといった手法が理想的だ。

 ちょうどiTunes Music Store(iTMS)のやり方に似ている。iTMSでは正式に購入したコンテンツなら,パソコンを移動しようが,台数を増やそうが,制限台数以内でかつ同一人物なら利用可能だ。こうした仕組みなら,ユーザーは安心して,コンテンツを購入することができる。最低限インターネットが必要だが,そういうインフラは既に私たちの多くは手に入れている。

著作権法の衣替えが必要な時代

 コンテンツがせっかくデジタルで流れてきているのに,ユーザーが自由にその内容物にアクセスできない,ということも新しい時代のデジタル放送の魅力をそぐ要件だ。たとえば,複数のテーマを持つ番組があると想像してほしい。当然,番組中の注目シーンを抜き出してきて,自分なりのプレイリストを作りたい,といった要求が出てくるだろう。そんなときに,画面をキャプチャして,サムネールを作ることができない。

 著作権法がそのようなコピーによる「固定」を許していないからだ。

 米国の著作権法ではこのような利用法は「フェアユース」,つまり特定の利用方法を実現するためには必要な手段として,許諾は不要。いきおい,使い勝手のよい仕組みを作ることができる。カテゴリごとにきちんと整理された,詳細なプレイリストなどを機器上,あるいは,ネットワークでつないだ手元のパソコンなどに展開することなどが可能だ。

 日本ではECサイトなどでも,この問題にぶち当たることがあり,作品のリストなどに内容を示す画面が付けられない場合がある。もし,こうした見栄えの良い,分かりやすいユーザー・インタフェースを実現しようとすると,著作権者すべての許諾を得るといった手続きが必要になってくる。放送局が自社サイトでコンテンツを売りたいといったときには,きちんと手続きをすることですべての著作権をクリアすることも可能だが,第三者に当たるECサイトが自分でクリアしようとすると,まず不可能となってくる。手の込んだ販売サイトを構築しても,文字ばかりの魅力の薄いページを作るしかないというわけだ。商品が売れる仕組みを作り,著作権者に販売量に応じた公正なフィードバック・ループを作ろうとしても,著作権が足かせとなってしまう。

プリンタ付きテレビも企画に制限

 セイコーエプソンは11月13日,フルハイビジョン映像に対応した65型と55型のリアプロジェクションテレビ(背面投射型)テレビ,LIVINGSTATION(リビングステーション)Gシリーズを発表した。精細なハイビジョン放送映像を間引くことなく映し出せるという特徴に加え,画面をプリントできる機能を付けたのが特徴だという。

 しかし,実際には,著作権者を守るため,使い勝手にはさまざまな制限がついた。

 印刷すると,せっかくの高解像度が,通常のテレビ放送並になってしまう。印刷する際は,放送を一時停止させ,その画面をその都度印刷する,といった制限だ。録画して操作をするのでなければ,印刷中に番組はどんどん進んでいき,肝心の印刷が間に合わない。

 解像度を落とさなければならないのは,タレント事務所や放送局の意向をくんだためだ。

 人気女優や歌手の,きめ細かい映像が,そのままの解像度で印刷されてしまえば,ビジネス・モデルにヒビが入ってしまうと考えるプロダクションが多いからだ。これの解決には,1枚印刷するごとに,チャリンと著作権者にお金が落ちるといった新しいビジネス・モデルを作るなどの方策が必要かも知れない。しかし,それは契約されできれば,解決可能な問題といえる。

 ところが,放送を一時中断しながら,その都度印刷するという不便はなかなか乗り越えられそうにない。放送中の画面を,面白そうな部分が来たら次々にメモリーに蓄積しておき,あとでおもむろにプリントするといった使い勝手が望まれるところだが,今の著作権法上ではそのような運用は困難だ。

 やはりここでも,米国のような「フェアユース」の考え方が入れられなければ,解決は困難だ。ここで筆者は,プリント無制限,コピーフリーにしてほしいなどと言っているのではないことは,いわずもがな。

 必要な画面をスクラップできるようになれば,スポーツ番組や,語学番組,料理番組などを本当に楽しめる新しい世界がひらけるだろう。プリントしたい画面が現れたら,そこでボタンを押して「プリントリスト」を作る。あとで,並べ替えたり,取捨選択して印刷。これでこそデジタル放送ではないだろうか?

デジタル時代にふさわしい法制度を

 繰り返しになるが,コピー制限のかかったハイビジョン・フォーマットのコンテンツなどは,現在は機器同士で移しかえられないし,お金を払ってでも壁紙にしたいシーンがあったとしても購入できない。利便性の悪化を招くこうした制限がかけられれいるのも,元はといえば,デジタルを前提とした新時代にふさわしい著作権法が整備されていないためである。

 アナログ時代にはそのような個別の対応はできなかったから,機器やメディアに補償金が上乗せされるといった便宜的などんぶり勘定で済まされてきた。しかし,既に時代は変わった。早く,デジタル時代にふさわしい法制度に作り直さなければ,世界に先駆けてデジタルテレビ放送が普及したとしても,ストレスのたまる視聴環境しか構築できない。

 早急に対応しなければ,日本のデジタル機器だけが後進性を残すことになる。

林 伸夫=編集委員室)