「OSS(オープンソース・ソフトウエア)人材を育てたい」,「OSS開発者の職場を提供したい」,「地域のOSS人材を育成したい」---独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は2008年10月28日,「2008年度日本OSS貢献者賞」の授賞式を開催。受賞した石井達夫氏,奥地秀則氏,中野雅之氏,宮原徹氏の4人が受賞記念講演を行った。

PostgreSQLをNo.1にしたい---石井達夫氏

石井達夫氏
[画像のクリックで拡大表示]

 SRA OSS日本支社長である石井達夫氏はPostgreSQLの開発と普及への貢献により受賞した。PostgreSQLは2007年のLinux World Expo来場者のアンケートでは,Oracleについで2位の25.4%となるなど普及している。

 石井氏はSRAに在籍していた1991年,PostgreSQLの先祖であるPosgtresに出会った。93年にメーリングリストを開設。96年にPostgreSQLの最初のバージョンがリリースされる。98年に石井氏はPostgreSQLの国際化パッチを作成し,本体に取り込まれた。ただしこの頃,本業はOSSもPostgreSQLも関係なく「プライベートとして続けていくのは限界に近付いていた」(石井氏)。99年にPostgreSQLのコミッタとなり,日本PostgrSQLユーザ会を立ち上げた。この頃からビジネスとしてもPostgreSQLに関わり始める。ベンチマークツールpgbenchをリリースした。2002年にはWindowsに移植したPowerGres on Windowsを開発し発売した。2004年に管理職になった。また2005年にはSRAのオープンソース事業がSRA OSSとして分社化され,石井氏はSRA OSS日本支社長になった。

 経営者でありながら,開発も継続している。最近開発しているのは「再帰SQL」と呼ぶ機能である。この機能は,ユーザー企業が資金を提供し,その成果をコミュニティに提供するというスキームで行われている。「ユーザーにとっては,公開するかわりにコミュニティが面倒を見てくれ,品質が向上するというメリットがある」(石井氏)。

 石井氏は今後の抱負として「PostgreSQLをナンバーワンのデータベースにしたい。OSS人材を育成したい。開発者だけでなく,エバンジェリストも,マーケッターも」と語った。SRA OSSには,2006年度の日本OSS貢献者賞を受賞した山本博之氏が在籍している。

GRUBだけでなく開発環境向上のため活動---奥地秀則氏

奥地秀則氏
[画像のクリックで拡大表示]

 奥地秀則氏は,Linuxの標準ブートローダ(OSを起動するプログラム)GRUBの開発責任者(メンテナ)としての活躍によって選ばれた。しかし,奥地氏にとってGRUBはオープンソース活動のひとつであるという。GRUBのほかLinux,Ruby,Zope,Gauche,Python-memcached,GonzuiやGNU Hurd,そして現在奥地氏がCTOを務めるフランスNexediが開発し公開しているERP5など,奥地氏はさまざまなオープンソース・プロジェクトにかかわってきた。

 オープンソースの発展にはソフトウエア開発だけではなく,開発環境や利用の促進も重要と奥地氏は指摘する。法的にソフトウエアが開発が許される環境も必要」(奥地氏)。金子修氏が著作権幇助の疑いで起訴されたWinny裁判では,奥地氏は少額ではあるが裁判費用を支援したという。またEUでのソフトウエア特許反対運動や,DRM解除を禁止する法律への反対運動にも参加している。非公開なハードウエアにも抗議している。

 「ソフトウエアを開発する環境を向上させるために,当事者である技術者はもっと声をあげてほしい。政府は技術者を萎縮させる法律を作らないでほしい。また政府は相互運用性を向上させる施策を行ってほしい」と奥地氏は提言する。

 「日本人の技術力を世界に見せつけたい。日本でOSS開発者が楽しめる職場を提供したい。日本でもオープンソースでビジネスができることを証明したい」(奥地氏)。

Firefoxの国際化バグを海外の技術者と連携し解決---中野雅之氏

中野雅之氏
[画像のクリックで拡大表示]

 中野雅之氏はオープンソースのWebブラウザFirefoxの開発で,海外のエンジニアと連携しながら日本語入力システム連携の実装や国際化のバグ修正などを行ってきた。

 国際化バグとは,IMEに関連するバグや文字化け。それだけでなく,英語圏以外のユーザーが望む機能もある。長いURLを折り返す機能や,印刷関連の問題。特定の国のメジャーサイトでのみ発生するバグもある。

 「国際化バグはさまざまコードで発生する。イベントハンドリングやレンダリング,ネットワーク。モジュールごとに必要な知識は異なり,少人数では無理。コミュニティに頼るしかない」(中野氏)。

 バグを報告・管理するシステムにはBugzillaがあるが,開発者向けであり,ライトユーザーには入っていきにくい。中野氏は「2009年を目標にライトユーザーのためのコミュニティを作りたい」と語る。

カンファレンスで東京一極集中解消,人材を育成---宮原徹氏

宮原徹氏
[画像のクリックで拡大表示]

 宮原徹氏は2004年から33回,コミュニティが集まるイベント「オープンソースカンファレンス」を企画・運営してきた。33回の来場者はあわせて1万5000人に達する。「オープンソースカンファレンスを実行したみんなに与えられたもので,自分が代表して受けたものだと考えている」(宮原氏)。

 もともとは宮原氏一人で,鞄にプロジェクタをつめこみ自腹で,オープンソース・ソフトウエアに関するセミナーを全国縦断で行っていた。「しかし,人は集まらなかった」(宮原氏)。2004年に,コミュニティが一堂に会する「オープンソースカンファレンス」を開催したところ,いきなり500名が参加した。翌年から,北は北海道から,南は沖縄まで地方で開催する。開催地は立候補制で,地元のコミュニティが「やりたい」と手を挙げたところで行う。北海道,新潟,名古屋,京都,島根,福岡,大分,沖縄で開催しており,高知でも近く開催する。

 「オープンソースコミュニティの活動成果の発表の場,開発者とユーザーの出会いの場,ビジネスチャンスの場」と宮原氏は言う。「特に若い人たちに,こういう世界があるということを見せていきたい。オープンソースカンファレンスを東京一極集中の解消に役立てたい。地元のオープンソース人材を育成したい」(宮原氏)