アジア太平洋地域のIPアドレス管理組織であるAPNIC(Asia Pacific Network Information Centre)において,ユーザー間でIPアドレスの移転を認めようという議論が進められている。これは事実上,IPアドレスの「売買」を認めるものである。議論の提案者であるAPNICのジェフ・ヒューストン氏に,その意味と動向を聞いた。

(聞き手は,半沢 智=日経NETWORK


以前からヒューストン氏は,IPv4アドレスの枯渇時期を予想されています(同氏によるIPv4アドレス消費予測)。その予想によると枯渇まであとおよそ約2年です。この2年という期間をどう見ていますか。

APNICチーフサイエンティストのジェフ・ヒューストン氏
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 枯渇時期の予想時期は,過去の消費動向を基にして計算で導き出しています。そのため,例えば,枯渇直前に駆け込みで需要が急増する「パニック需要」については,計算式に組み込まれていません。場合によっては,枯渇時期はもっと早くなる可能性もあります。

 IPv4アドレスが枯渇するまでの間に,IPv4インターネットをIPv6に完全に移行するのは無理でしょう。そのためインターネットは,この先おそらく最低5年間はIPv4とIPv6が並存した環境になると思います。つまり,IPv4アドレスが枯渇してから数年間は,IPv4アドレスを新規に追加できない状態で,IPv4ネットワークを動かし続けなればいけないわけです。

現在,IPアドレスを割り振られたユーザー同士で直接IPアドレスをやりとりすることは許可されていませんが,これを許す「IPv4 address transfers」(IPv4アドレスの移転)と題した提案をされています(APNICへの提案文書JPNICによる翻訳文)。この提案を出した経緯を教えて下さい。

 まだ私の個人的な見解の段階であることをお断りしたうえでお話しします。

 IPv4アドレスの利用状況を調査している研究者がいます。その調査結果の中に「現在割り振り済みのIPv4アドレスは約40億個で,そのうちの約30億個が未使用のまま」という報告があります。これが真実ならば,この未使用のアドレスをIPアドレス枯渇後に有効に使えれば,IPv4からIPv6に移行するまでの期間をしのげます。

 ただ,その未使用のアドレスがどこにあるのかわかりません。そこで,IPv4アドレスを使ってない人が,必要な人にスムーズに移転できるしくみ作りが必要になります。

 現実的に考えると,IPv4アドレスを移転するにあたってお金がからむことは避けられないでしょう。つまり,IPv4アドレスが枯渇した状況でのIPv4アドレスのやりとりは,売買なしには考えられないと思います。

実現のためには,売買市場のしくみをどうするかや,紛争発生時の解決方法など,さまざまなことを考える必要が出てくるのでは。

 IPv4アドレスの売買を許可するにあたっては,さまざまな問題について考える必要があるでしょう。例えば,売買市場をどうするのか,IPv4アドレスが資産化した場合の税制面の扱いをどうするのか,紛争が発生した場合にどう解決するのか――といった問題です。

「IPv4アドレス枯渇後も,IPアドレスの管理台帳を正確に維持し続けることが大事」
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 私の提案は,こうした問題をすべて解決しようというものではありません。また,すべてのルールを自分たちだけで決めるのは得策ではないと思います。この提案はあくまでも第一ステップで,付随するさまざまな問題は,政府機関や業界団体などのそれぞれの専門家に任せて,一緒に解決していくべきだと思います。

 では,IPアドレス管理組織であるAPNICは何をすべきか。それは,「IPアドレス」と「IPアドレスの保持者」の対応を正しく把握し続けることに尽きます。

 IPv4アドレス移転のしくみが作られなかったとしても,結局は闇マーケットが出現してIPv4アドレスが闇で取引されるでしょう。そうなると,誰がどのIPアドレスを持っているのかがわからなくなります。これは,インターネットが誰にも管理されない状態を作り出すことになり,インターネット自体が崩壊することを意味しています。こうした事態は何としても避けなければなりません。

IPv4アドレスの移転を可能にすることが,結果的にIPv6の導入を遅らせることにならないでしょうか。

 IPv4アドレスの売買が進んでいくと,IPv4アドレスを売ろうとする人の数は次第に減っていくでしょう。すると市場のIPv4アドレスに希少価値が出ることになり,その結果IPv4アドレスの価格は上がっていきます。

 そうなると,いずれはIPv4アドレスを買うよりも,IPv6に移行するコストの方が安くなる日が来るでしょう。これは結果的に,IPv6移行の魅力につながるものだと思っています。「価格」というインセンティブがIPv6への移行を促すわけです。

こうしたIPv4アドレスの移転議論について,他の国や地域の動向はどうなのでしょうか。

 現在,他の国や地域でも同じような内容の議論が進んでいます。北米(ARIN)や欧州(RIPE-NCC)などの動きを見ていると,多少内容は異なりますが,ある程度同じ結果に議論が収束しているように思えます。それは,「IPアドレス管理組織は複雑なルールを定めるべきではなく,ちょうど良い加減のコントロールにするのが望ましい」という方向性です。

編集注:その後RIPE-NCCでは,IPアドレスの移転を可能にする提案が2008年12月に承認された(参考資料)。

 ただ,国や地域によってさまざまな考えや事情があるのも事実です。今回私が来日して,日本のインターネット関連コミュニティと意見を交換する機会がありました。こうしたコミュニティの意見を踏まえて,APNIC地域として最適なルール作りをすることが大切だと思っています。

今後,この提案が実現される見通しは。

 2009年2月にAPNICの次の全体会合があります。ここで明確な結論が出されることを希望しています。