本特集では「パーソナルコンピュータの父」と呼ばれるアラン・ケイが1972年8月に執筆した「すべての年齢の『子供たち』のためのパーソナルコンピュータ(A Personal Computer for Children of All Ages)」の全文を掲載する。その第1話となる今回は、「DynaBook」という当時の未来のパーソナルコンピュータの姿が初めて語られている。DynaBookは、有名なイラストともに9歳のジミーとべスが宇宙戦争ゲームを楽しむ道具として登場する。(ITpro編集部)


アラン・ケイ(2008年11月5日) "no title" by Marcin Wichary is licensed under CC BY 2.0
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この小論文では、個人で携帯可能な情報操作機器の出現とその活用が、子供たちと大人たちに与える影響について考察します。まるで空想科学小説のような内容ですが、現時点での小型化と低価格化の勢いを考慮すれば、ここで議論される概念の多くは、近いうちに確実に実現することでしょう。


「世界を知るためには、それを自ら構築しなければならない」
チェーザレ・パヴェーゼ

 長年にわたり、技術を活用して社会課題を解決しようとするのが伝統的な流儀でした。「スラム(貧民街)が問題?それでは低コストの住宅を作りましょう!」「テレビを買う余裕がない?では欲しいときに買えるよう安価な製品を作りましょう。たとえ支払いが済む前に壊れるとしてもね!」「子供たちは勉強しないうえ教育コストが高すぎる?では、子供たちがテストに合格するのを保証する教育装置(教育マシン)を作りましょう!」

 残念ながら、これらの「解決」のほとんどは、単にサビの上にペンキを塗っているだけで、当初の問題の根本原因は残されたままです。教育のゴールは、各自が思い描く様々な「最終的な人物像」により、さらに分かりにくいものになっています。社会はより多くの構成員(文化的遺伝子)を要求していますし、親たちは子供に対して成功や社会への適応や名声を求めたり、あるいは無関心だったりします。肝心の子供の意見は考慮されません(子供は単に、植物の種をまいて、それらが成長するのを見たいだけかもしれません)。教師たちはどうでしょう。彼らも、もちろん、様々です。向き合う子供に対して「しっかりとした見識を持つ優秀な教師」がいれば、「教える意欲に満ちているにもかかわらず才能に欠けた教師」もいます。さらには、単なる仕事と割り切っている人、あるいはより残念な場合、大学で単位を取りやすかったから「教育」に流れ着いてしまい、子供たちの世話を焼く自らの運命をしぶしぶ受け入れている人、いわば「でもしか教師」もいます。

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