写真●肝臓の生体モデルを手に持つ杉本真樹氏
(写真は杉本氏提供)
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 「これを見てください。ウェットな材質で作ってあって、感触は本物の肝臓に似ています。超音波検査の結果を見せると、医師でも本物と間違えるほどです」

 にこにこしながらムービーを見せてくれたのが、神戸大学大学院医学研究科で特命講師を務める杉本真樹氏だ。

 確かに映像の中で杉本氏が手に持っている物体は、持ちかえるたびにくねくねと動いていて、本当の肝臓か、最近よく見かける赤いこんにゃくのように見える。

 これは3次元の生体モデルである。水を含んだウェットな肝臓の生体モデルは、3D(3次元)プリンターで造形した外郭に、特殊な素材を流し込んで作り上げたものだ。

 高性能のCTで臓器の高解像度画像を撮影、そのデジタルデータを基にOsirix(オザイリックス)というソフトを使って3次元モデルを作り、Objet Geometries社(現在は米ストラタシス社傘下)のCONNEXシリーズという3Dプリンターで外郭を印刷する。

 2種類の樹脂を混ぜ合わせて作ったモデルもある。通常の部分を透明な素材で作成すれば、人体内部の骨や腫瘍、血管などの位置を外部から確認できるモデルが作れる。固さが異なる素材を利用すれば、生体の部位による感触の違いも再現できる。

 なぜ杉本氏は3次元の生体モデル作成に取り組んでいるのか。最大の目的は医学生の教育である。

 「生体モデルは可触化を実現します。生体モデルはアナログですから、実際に触ることができる。これはとても効果が大きいのです。タッチパネルなどがあるため勘違いをしてしまいますが、人間は“デジタル”に本当は触れません」

 さらに医療の質の向上が期待できるという。

 「例えば患者の方のCTデータから、腫瘍などがある臓器を3次元生体モデルとして作れば、それを触りながら手術の予行演習ができます。まだ経験の足りない若手はもちろん、経験のある医師であっても、予行演習によって、より良い手術が可能になるのではないでしょうか」

 精巧な3次元生体モデルを作れるようになったのは、デジタル技術に負うところが大きい。臓器などの高解像度画像をデジタルデータとして記録できるようになり、それを基に従来よりはるかに質の高いアナログの生体モデルができるようになった。

 「アナログ技術だけでもデジタル技術だけでも、こうはならなかったでしょう。人間の体をデジタルデータにして、さらに3次元加工ができるようになった。それがアナログのモデルの質を大きく向上させたのです」と杉本氏は説明する。

 杉本氏は1996年に帝京大学医学部を卒業後、帝京大学医学部付属病院、国立病院東京医療センター、帝京大学医学部付属市原病院(現帝京大学ちば総合医療センター)、米国カリフォルニア州退役軍人局パロアルト病院で医師として勤務し、その後、神戸大学大学院医学研究科の特命講師になった。帝京大学医療情報システム研究センター客員教授も兼務している。

 3次元生体モデルのほか、iPadを利用した医学生教育や、デジタル技術を利用したロボット手術など様々な新しい取り組みを進めているところだ。

 「現場で医師をしていた時に感じたのは、1人では1日に5人を手術するのが限界で、限られた人数にしか対処できないということです。デジタル技術やITを使っていくと、これまでの半分の時間で手術ができるようになるかもしれない。そうなれば、はるかに多くの人を救えるでしょう」

 この思いがある限り、杉本氏は次々に新しいチャレンジを続けていくことだろう。


本間 康裕
ITpro
日経コミュニケーション副編集長、日経BPガバメントテクノロジー編集委員などを経て、2013年1月より現職(副編集長兼日経ヘルスケア デジタルヘルスOnline プロデューサー、イノベーションICT研究所主任研究員)。主に電子行政分野、医療ICT、デジタルヘルス分野を担当。