写真●ティーピクス研究所所長 二ノ宮良夫 氏
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 「うちの会社もソフトウエア開発者を必要としていて、経験者を中途採用したことが何度もありました。でも、みんなものにならない。やめてっちゃう。続いたのは長くて1年くらいかなあ」。

 ティーピクス研究所の所長である二ノ宮良夫氏はこう語る。

 ティーピクス研究所は1984年設立のパッケージ・ソフトハウスだ。設立時の社名は東横ビジネスコンピュータという。

 記者が初めて二ノ宮所長に取材したのは確か1993年のことで、二ノ宮氏の開発と経営のスタイルには大きな衝撃を受けた。

 同社の主力製品はパソコン上で動く生産管理パッケージソフト「TPiCS」。当時は1本約100万円と高価でカスタマイズは決してしなかった。ソフトの中核となる理論は二ノ宮氏が独自に編み出した「f-MRP」。ソフトウエアは二ノ宮氏自身がTurbo Pascal、Visual Basic、Delphiなどを駆使して開発する。

 2002年にはTPiCSのユーザー数は1000社、出荷本数は4300本に達した。2013年にはC#で書き直したTPiCS-X Ver. 4.0をリリース。日本語版に加えて中国語版(簡体字版、繁体字版)、英語版、ベトナム語版が用意され、世界の製造業を支えている。

 2013年5月、二ノ宮所長に久しぶりにお会いし、2時間半も話し込んでしまった。そのときに出てきたのが「IT業界にいた人は使えない」という冒頭のひとことだ。

 IT業界の経験者を中途採用して長続きしなかった理由を二ノ宮氏は次のように分析する。

 「IT業界の開発者(プログラマ)は紙の仕様書がまずあると考えている。仕様書に書かれたことをプログラムにするだけ。大きなロジックを考える力がない。私が持っているノウハウを口で伝えても、そこから自分で考えることがない」。

 「どんな人ならいいんですか」と問うと「新卒採用した人は大丈夫。業界ずれしてないってことでしょうか」と返ってきた。

 記者はこの言葉を、IT業界に対する厳しい批判と受け止めた。IT業界は長年、営業、SE(システム・エンジニア)、プログラマなどと職種を分割し、細分化してきた。

 その結果、SEはプログラムを書けず、プログラマは仕様を書けない。顧客と営業とSEとプログラマの間で伝言ゲームと責任の押し付け合いと金の取り合いが続き、関係者は労力をさかれ、しかも顧客が喜ぶソフトウエアやシステムを作れず、IT業界を志望して入ってきた若者を「自分で考えることがない」開発者にしてしまったとしたら。我々は何か間違ってきたのではないか。

 二ノ宮所長はティーピクス研究所の代表取締役を息子さんに譲ったが、今でもプログラミングを続けている。TPiCSの中身を誰よりも知り、各種のプログラミング言語やデータベース管理システムを使い続け、技術をさびつかせていない。

 記者はソフトウエア開発者の理想の生き方の一つを二ノ宮所長に見る。TPiCSの普及をさらに進めて生産現場の人に喜んでもらうことはもちろん、これからは日本のソフトウエア開発者、IT業界が進むべき道を指し示す役割もお願いしたい。


原田英生
日経ソフトウエア副編集長
 日経コンピュータ、日経WinPC、日経ソフトウエアの記者または編集委員を務めてきた。日経WinPC「D-MAGビューアー」の開発者であり、1998年に開発した日経ソフトウエア編集部の「送付先管理システム」は現在も使われている。近著は「Windows 8プログラミング入門」「C言語とC++がわかる本」(共著)。