日本Rubyの会 理事でRubyKaigi 2013 運営チーム代表を務める角谷信太郎氏。勤務先である永和システムマネジメントでも、Ruby事業を提案し実現させてきた。「Rubyの仕事は楽しい、楽しいと思えることを仕事としてできる」と語る。

(聞き手は高橋 信頼=ITpro


Rubyとの出会いは。

 20世紀末にオブジェクト指向を勉強したくてperlやjavaを書いていたんですけど、理解できなかった。そんなあるときに、rubyを見つけたんですね。irbでRubyオブジェクトを触ってオブジェクト指向を初めて理解できた。「これはすごい。プログラミングが楽しい」と衝撃を受けました。その後は、仕事でも自分の作業にはrubyを使っていましたが、当時はお客さまへの納品物にはなかなか含められませんでした。

 私は卜部昌平さんがWeb日記で毎年のように北米のRubyカンファレンスの観戦記を書いているのを楽しみにしていて、2005年の秋に、いよいよ日本でもRubyのカンファレンスをやるという記述を見ました。Rubyのことが好きでいつも使わせてもらっているので、何か恩返しをしたいとは思いつつも、コードを書くのは下手くそでしたが、イベントなら手伝えると思い立って、スタッフに入れてもらいました。それが、2006年に開催された日本Ruby会議でした。

 最初の開催が終わったあと、来年どうするかという議論を延々として「僕が運営をやります」と手をあげて運営委員長になりました。日本Ruby会議もだんだん規模が大きくなっていって、2011年は1000人規模になりました。運営チームも50人を越えてしまって。私も含めて全員ボランティア。皆さん仕事や家庭もあるのによく手伝ってくれました。私の場合は、直前1カ月くらいは、職場の仕事もほとんど最低限しかできなかったですね(笑)。これも勤務先である永和システムマネジメントの理解と同僚のおかげですね。とてもありがたかったです。

 ただ、大規模なカンファレンスはスタッフの負荷も大きいですし、どれだけ大きくしても発表したい人全員に話してもらうこともできない。地域Ruby会議をやろうと提案したのはこれが理由です。現在では東京には東京Ruby会議以外にもTokyuRuby会議や大江戸Ruby会議があり、ここ1年だけでも、横浜、岡山、松江、札幌、福岡、群馬と全国各地で地域Ruby会議が開催されています。RubyKaigiそのものも開催コンセプトや体制を見直して、2013年は600人規模、場所は第1回の会場近くのお台場で再起動します。

Rubyで仕事はどう変わりましたか。

 Ruby on Railsが流行る前は、受託開発でお客さま向けのお仕事で使うのは難しかったです。2005年頃から、社内で勉強会や草の根のワーキンググループを同僚と立ち上げて、Rubyの仕事を探し始めました。『JavaからRubyへ』という翻訳書も手がけて、2006年くらいから昼間の仕事につながり始めました。当初は私たちからお客さまに「Rubyでやりませんか」と提案していたんですが、近頃ははお客さまから「Rubyでやってほしい」というご要望をいただくようにもなりました。

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