勘と経験だけでなく、最新のデータ分析に基づいた知見を生かして勝てる組織を作る――。ブラッド・ビッド主演の映画『マネーボール』では、データ分析手法「セイバーメトリクス」を取り入れることにより、弱小チームが強豪に変わる様が描かれている。

 そして、このセイバーメトリクスにも、ビッグデータの波が押し寄せている。情報を自動収集できる「トラッキング技術」により、人がスコアブックに書いていたデータとは比較にならないほど膨大なデータを活用できるようになりつつある。その結果、データ分析の適用領域が大きく広がり、野球の構造理解が一段と進んでいる。

 国内におけるセイバーメトリクスの第一人者が、勝つための組織運営という観点から、プロ野球界でのビッグデータ分析について、前編と後編の2回に分けて解説する。


 セイバーメトリクスは、データに基づいて野球の構造を解明する手法である。前編で解説したように、データを用いた解釈の部分を追求して成果につなげるという、いわば「アウトプット」の技術革新とみなせるだろう。

 しかし、従来の手法では、取得できるデータに限界があった。これまでの技術では、グラウンドで起きている事象をすべて記録することは事実上不可能であり、データの収集・分析が難しい領域を残していた。この状況を打破したのが、カメラから得た情報を自動的にデータ化していく「トラッキング技術」である。いわば「インプット」の技術革新であり、ここから野球界のビッグデータ化が始まった。

球場で起きているすべての出来事をデバイスが自動記録

 IT分野のデータ分析手法と同様、野球界における記録方法にも歴史がある。データ分析が未開の領域に踏み込むごとに、新たなデータ取得方法が考案され、改善されてきた経緯がある。

 ただ、基本的に野球界のデータ記録方式は、人がスコアブックに書き留めるかたちで取得されてきた。それが今、カメラとコンピュータによる自動取得に置き換わりつつある。現在はその過渡期にあるが、ここ数年、メジャーリーグ機構や各球団による新技術の積極的な導入を見るに、記録を取得する主体が「人による記録」から「デバイスによる自動記録」になりつつある。

 デバイスによる自動記録のメリットは数多い。特に、「多様なデータを安価かつ大量に取得できること」、言い換えればビッグデータ化と、「データを取得する視点の変更」がもたらす恩恵は計り知れない。ちなみに、ノンフィクション作家マイケル・ルイスが2003年に出版した書籍『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』(日本語訳は2004年、ランダムハウス講談社)では、データについてビッグデータ化の方向性をおぼろげながら示していた。

AVMシステムズが本当に知りたかったのは、球場におけるすべての出来事について、各選手がどのように、どのぐらい責任を負ったのかということだった。
『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』 第六章 不公平に打ち克つ科学

 現在メジャーリーグで採用されているトラッキングデータ取得技術は、まさに球場で起こることすべてをデータ化していくために開発されたシステムである。米Sports Vision社によって開発された「PITCH f/x」「HIT f/x」「FIELD f/x」といったトラッキングシステムは、球場内に複数のカメラを配置し、それらから得られる情報を自動的に取得していく。その最大の特徴は、野球を「物理現象」として記録できることだ。

 これまでの人による記録では、一部を除き、安打、ゴロ、ストライク、失策など、野球のルールに沿ってデータを蓄積したが、トラッキングシステムは物理法則にのっとった現象としてより一般化・形式化(そして構造化)されたかたちに落とし込む。野球でしか使えない特殊なデータよりも、物理というかたちで記録する方が、データ分析の幅が広がるのはいうまでもないだろう。

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