「携帯電話もメールもまだ通じない。いったいどうなっているんだろう」――。東日本大震災が起こった2011年3月11日の夜、筆者はJR山手線の線路沿いに恵比寿から池袋方向へ徒歩で移動していた(写真)。東京都内の電車はすべて運転を停止しており、バスやタクシーに乗ることもままならない。会社がある港区の白金高輪から自宅のある西東京市まで、徒歩で帰るしか手立てがなかった。

3月11日、JR新宿駅の改札口は封鎖されていた
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 会社にしばらく残るという選択肢もあったのだが、連絡がまったく取れない家族の様子が気になって、居ても立ってもいられなかった。幸いなことに、仲の良い一つ上の先輩記者が同じ池袋方面だったので、会社を一緒に出ようということになった。当日の17時30分ころのことである。

 そこから帰宅するまでの顛末については、先輩記者による「恵比寿、新宿、渋谷・・・震災の夜の大都会を歩いた」(ECO JAPAN)というレポート記事に詳しく記されているので、興味のある人は参照していただきたい。JR中野駅付近まで一緒に歩いた後、先輩記者と別れた。大渋滞でほとんど進まないバスと深夜になってようやく動き始めた電車を乗り継いで筆者が自宅にたどり着いたのは、日付が変わった午前0時過ぎ。普段なら1時間半程度のところを6時間半以上かけて帰宅した。

平時の50倍もの通話が集中、最大8割を規制

 冒頭で記したように、震災当日、筆者を含む多くの人が抱いたのは「携帯電話って、大災害発生時にはここまで使えなくなるものなのか」という感想だろう。年末年始や大規模なイベントが開催された時などに携帯電話事業者が発信規制を行うのは珍しくないが、一部がつながりにくくなる程度であり、多くのユーザーが何時間もほとんど使えなくなるようなことはない。

 一方、今回の大震災では、少なくとも筆者の場合、会社を出てから深夜までの間、携帯電話はほぼつながらず(発信できないというよりも多くの時間が「圏外」表示のままだった)、メールも送受信に度々失敗し、まともに使えない状態が続いた。筆者はNTTドコモの携帯電話を使っているが、周囲に聞く限り、他の事業者の携帯電話も程度の差はあれ同様な状態だったようだ。

 東京を含む関東地方は、震災が直撃した東北方面と異なり、地震や津波によって通信インフラが物理的に被害を受けた地域は少ない。にもかかわらず、なぜ携帯電話がこれほどまでに使えない状態に陥ってしまったのか。答えは簡単、通常時では起こりえないほどの通話トラフィックが集中したからだ。

 具体的にどれほどのトラフィックが集中したかは、『「これまでに例が無い規模の被害」、NTTドコモが震災による被害と復旧状況を説明』というニュース記事に詳しく書かれている。

震災当日の夜、大混雑となったJR渋谷駅前のバスターミナル
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 記事によると、NTTドコモの場合、震災直後には何と通常の50倍にも上るトラフィックが集中したという。当然、これほどのトラフィックを同時にさばけるはずはなく、「80%の通話規制」を実施して乗り切ったとされている。単純に言って、同時に5人のうち1人しか利用できない状態である。筆者らは、人であふれかえる渋谷や新宿を経由しながら移動したので、特にこの通話規制の影響を大きく受けたのだろう。

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