根拠のないうわさ話を不特定多数に伝える「風説の流布」や「インサイダー取引」は,金融商品取引法で禁止されている犯罪行為である。顧客の機密情報を知り得るエンジニアは,特にインサイダー取引には十分に気を付けるべきだ。

 数十名のメール会員に対して投資コンサルティングを行っていた広島市の男性が,2003年3月中旬に,「ナスダック・ジャパン市場に上場しているソフト開発会社ドリームテクノロジーズの存立を左右するような悪材料があるため,明日の寄り付き(証券取引所で取引される最初の売買)で同社の株式の売り注文を出して下さい」という内容のメールを会員に送信した。このメールの効果で,ドリームテクノロジーズの株価は暴落し,男性はドリームテクノロジーズの株を安値で入手できた。その後男性は,悪材料は偽りだったとして株式の買い戻しを指示する電子メールを送信。安くなった株が再び高値になるよう誘導した。

 男性が送ったメールの内容はまったくの虚偽だったため,騙された会員が証券取引等監視委員会に連絡。同委員会は,男性の行為が「証券取引法」が禁止する「風説の流布(るふ)および偽計(ぎけい)」に当たるとして,2003年11月29日に男性を広島地方検察庁検察官に告発した。検察官は,広島簡易裁判所に事件を起訴。広島簡易裁判所は,2003年3月28日に男性に対して罰金30万円,追徴金36万6000円の支払いを命じた(広島簡易裁判所2003年3月28日略式命令,「証券取引等監視委員会の活動状況 平成15年」18頁)。

 「風説の流布」,「インサイダー取引」,「粉飾決算」…。読者も新聞などでよく目にする言葉だろう。これらはいずれも,「金融商品取引法(旧証券取引法)」に違反した行為である。

 知らず知らずのうちに加害者にならないためにも,金融商品取引法が禁止しているこうした行為について,正確な知識を身に付けておいて欲しい。

風説の流布とは

 金融商品取引法は,投資家を保護するために制定された法律で,企業に情報の適正な開示を義務付けているほか,不公正な株取引を禁止している。

 不公正な株取引の1つが,株価の変動を目的とした風説の流布・偽計だ(158条)。風説の流布とは,根拠のないうわさ話を不特定多数に伝えること。偽計とは,他人をだますという意味だ。風説の流布・偽計行為は投資家を欺く悪質な行為なので,10年以下の懲役または1000万円以下の罰金という重い刑罰が定められている(197条)。

 風説の流布・偽計行為に対して有罪判決が下された有名な事件としては,ソフト開発会社テーエスデーの社長が「エイズワクチンをタイで臨床試験中」と記者会見で発表し,自社の株価を高騰させたテーエスデー事件がある。当時同社は,発行した転換社債の償還期日が迫っており,その資金調達に窮していたため,虚偽の内容を発表して株価を上げたうえで,社債の株式への転換を促そうとしていた。この行為が,株価の変動を目的とした風説の流布に当たるとして,同社社長は懲役1年4か月(執行猶予3年)の判決を受けた(東京地方裁判所1996年3月22日判決,判例時報1566号143頁)。また冒頭に示した判例は,インターネットを利用した風説の流布・偽計を証券取引等監視委員会が摘発した初めてのケースである。

 このように,株価の変動を目的とした風説の流布は金融商品取引法違反となるが,株価の変動を目的としていなくても,風説の流布により人の信用を毀損(きそん)したり業務を妨害したりした場合は,刑法の信用毀損罪または業務妨害罪となる(刑法233条)。掲示板やホームページ,メールなどで根拠のないうわさ話をするのは,いずれにせよ避けるべきだ。

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