厚生労働省の「患者調査」によれば、2008年の「うつ病」の総患者数は68万9000人で、1999年の22万1000人から3倍以上増加している(注1)。今やうつ病は、きわめて身近な「こころの病」(メンタルヘルス不調)である。

 このうつ病の治療で最も一般的なのは、「抗うつ薬」による薬物療法だが、2010年から健康保険が適用されるようになった「認知療法・認知行動療法」も非常に効果的な治療方法である(注2)。

 ここでは、SEを対象に、認知療法・認知行動療法の考え方に基づいた、うつ病などのこころの病の予防方法について、解説しよう。

ネガティブな出来事が起こるたびに、憂鬱な考えが頭に浮かぶ

 認知療法・認知行動療法は多くの技法が含まれる総称であるが、今回健康保健が適用されたうつ病の認知療法・認知行動療法は、米国の精神科医アーロン・T・ベックが提唱した「うつ病の認知の歪みモデル」に基づく心理療法で、“考え方”を変えることで、うつ病を治療したり予防したりする。

 「うつ病の認知の歪みモデル」とは、なにかネガティブな出来事が起こるたびに「スキーマ」と「推論の誤り」が原因で憂鬱な気分を引き起こす考えが自動的に浮かぶ(自動思考)---というものである(図1)。

図1●うつ病の認知の歪みモデル
図1●うつ病の認知の歪みモデル

 ここでスキーマとは、分かりやすく言うと、個人の強固な信念のことである。また、推論の誤りとは、うつ病になりやすい「考え方のくせ」のことだ。推論の誤りとして、アーロン・T・ベックは表1のような考え方のくせを挙げている。

表1●推論の誤り(アーロン・T・ベックの書籍を参考に筆者が作成)
全か無か思考ものごとを白か黒かのどちらかで考える
一般化のしすぎたった1つ良くないことがあると世の中すべてそうだと考える
心のフィルターたった1つの良くないことばかり考える
マイナス化思考良い出来事を無視してしまう
結論の飛躍根拠もないのに悲観的な結論を出してしまう
拡大解釈と過小評価自分の失敗を過大に考え、長所を過小評価する
感情的決めつけ理性的ではなく感情で評価してしまう
すべき思考「~すべき」とか「~すべきでない」と考え、そうしないと罰でも受けるかのように感じる
レッテル貼り「自分はだめ人間だ」のように極端な形で一般化してレッテルを貼ってしまう
個人化良くないことが起きると何でも自分のせいにしてしまう

 表1にある「全か無か思考」のような考え方をすると、自分の仕事の結果を成功か失敗かだけで判断してしまい、「そこそこ成功」とか「ちょっと失敗」といった中間の判断ができなくなる。また、「一般化のしすぎ」や「心のフィルター」、「マイナス化思考」のような考え方をすると、一部の失敗ばかり考えて憂鬱な気分になりやすくなる。

 図2に、うつ病になりやすい人となりにくい人のスキーマと自動思考の例を挙げた。このように、うつ病になりやすいスキーマを持っている人は、憂鬱な気分を引き起こす「否定的な自動思考」が浮かびやすく、結果的にうつ病になりやすい。

図2●うつ病になりやすい人となりにくい人のスキーマと自動思考の例
図2●うつ病になりやすい人となりにくい人のスキーマと自動思考の例

 認知療法・認知行動療法では、憂鬱な気分を引き起こす「否定的な自動思考」を「合理的な自動思考」に、うつ病になりやすいスキーマをうつ病になりにくいスキーマに変えることで、うつ病を治療したり予防したりする。例えば,代表的な治療方法の一つである「非機能的思考記録票」を使う方法では、うつ病患者自身が、強いネガティブな気分になるたびに、

  • 起こった出来事
  • そのときに浮かんだ否定的な考え(自動思考)と感情
  • どんな「推論の誤り」があったか
  • 否定的ではない合理的な考え(合理的な自動思考)
  • 合理的な自動思考を思い浮かべたときの感情

をノートに記録しながら、憂鬱な気分を引き起こす否定的な自動思考を合理的な自動思考に変えていく(図3)。すると、憂鬱な気分が通常の気分に戻っていき、うつ病の症状が改善していく。

図3●非機能的思考記録表の例(トリプルカラム法)
図3●非機能的思考記録表の例(トリプルカラム法)

 この方法では、ノートの記録から、その人がどんなスキーマを持っているのかも分かってくるので、最後にスキーマ自体をうつ病になりにくいスキーマに修正し、うつ病の再発を予防する。

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