先月、「Everyone a Changemaker―世界を変える社会イノベーション―」というシンポジウムが開催された。趣旨は題名の通り、各自が“チェンジメーカー”になって、それぞれのできる範囲で社会を良い方向に変えていこうというものだ。今回はこのシンポジウムを振り返りながら、変質しつつある日本の「勤勉さ」について改めて考えてみたい。

東京農工大学大学院技術経営研究科教授
松下博宣

 筆者はこのシンポジウムの開催に関与している。告知後、2日足らずで参加申し込みが殺到し、300人以上の会場が満席になってしまった。正直なところ驚嘆している。しかも、そのほとんどは20歳代、30歳代の若い世代である。社会イノベーション、社会起業家、社会的企業というテーマは、若い世代を惹きつけるようだ(ちなみにこのシンポジウムに参加した人々がTwitterで自主的に感想や意見を言い合って共有している。Twitterのハッシュタグは#titchange#socentjpなど)。

 社会起業家とは、「社会の問題を見つけて定義し、新規性の強い事業アイデアを繰り出して持続的に取り組み、その事業を普及させ、社会に大きなインパクトを与えるような変革の担い手」である。そのような担い手によって成される変革のことを「社会イノベーション」という(具体例は後述する)。

 このように書くと、「わざわざ起業と社会起業、企業と社会的企業を区別する必要などないのではないか」という疑問を持つ向きもあるかもしれない。もっともな疑問だ。そのような疑問を抱きながら続きを読んでいただきたい。

 このシンポジウムでは、第一線の社会イノベーション実践者、支援者が一同に会した。そして、社会イノベーションについて非常に幅広く、また深く議論した(このシンポジウムの詳細な報告書がアップされる予定のサイトはこちら)。拙論では、社会イノベーションや社会起業という現象が何を意味するものか、を考えてみたい。

勤勉と自殺

 前講の『大丈夫か?日本資本主義の未来(勤勉のゆくえ)』で述べたように、現下の日本では、「勤勉」→「経済成長」→「幸福」という図式が成り立たなくなってきている。このような状況のなか、「経済成長」に代わり、「勤勉」→「○○○○」→「幸福」という図式を埋める何かを模索する動きが徐々に広まりつつある。

 幸福とは何かを古典や哲学を引っ張り出して、薀蓄(うんちく)している場合ではない。そんなことよりも、「幸福」ではない人がとる行動、すなわち自殺件数に注目すれば、少なくとも日本社会が「幸福」から遠いことは自明だ。

 日本の自殺率の高さは、欧米先進国と比較するとダントツ。さらに範囲を広げて比較すると日本は、ベラルーシ、リトアニア、ロシア、カザフスタン、ハンガリーに次いで自殺率は世界第6位だ。

 NPO法人ライフリンクの清水康之代表はこう嘆ずる。「かつて交通戦争で亡くなる人の数が1万人を超えて、『交通戦争』と呼ばれた時代があったが、今や自殺で亡くなる人は年間3万数千人。日本社会は今、『自殺戦争』の渦中にいると言うべきだろう」。

 社会の規範が崩れ、人と人を結ぶ紐帯が消失する現象は、東欧の旧共産主義国で見られたが、社会主義体制の崩壊を見なかった日本でも、これに匹敵するような現象が発生しているのだ。

 急性アノミーとは、信頼しきっていた者に裏切られることで生ずる致命的打撃を原因とし、これによる心理的パニックが全体社会的規模で現れることにより、社会における規範が全面的に解体した状態をいう(小室 1991)。いわば、今の日本が直面しているような無規範状態である。

 これについて一点のみコメントする。前講までに述べてきたように、日本人は一神教による絶対的な規範と規準を超越的な位相に持たず、規範・規準らしいものは人間と人間の間に存在する。人はそれを「人と人との絆」「人間関係」「空気」「他人の目」「世間体」とも呼ぶ。これらの内実が崩れることは、日本の社会にとって致命傷となる。

 NPO法人ライフリンクが実施した「自殺実態1000人調査」によると、68項目の危機要因に対してパス分析や重回帰分析を駆使した結果、自殺の「危機複合度」が最も高い要因を「うつ病」、危機連鎖度が最も高い経路を「うつ病→自殺」と特定した。その上で詳細な自殺の危機経路パターンを16通りにモデル化している。

 たとえば被雇用者ならば、「配置転換→過労+職場の人間関係の悪化→うつ病→自殺」「昇進→過労→仕事の失敗→職場の人間関係の悪化→自殺」。自営業者の場合ならば、「事業不振→生活苦→多重債務→うつ病→自殺」というように。

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