エノテック・コンサルティングCEO
海部 美知 エノテック・コンサルティングCEO
海部 美知

 米国ではオバマ大統領のヘルスケア新政策が論議を呼んでいる。米国の医療コストはもともと高く,現在でもGDPの13%が医療費に支出されている(日本は9%)。日本ほどではないにしても,米国では「シルバー・ツナミ」とも呼ばれるベビーブーマー世代の高齢化により,今後ますます医療費が増大すると予測されており,事態は深刻だ。

 コスト削減策として,IT導入促進のための政府補助金が2010年に開始される予定となっている。このおかげで米国のIT業界はちょっとした「ヘルスケア・ブーム」にわいている。

クラウド型医療ITサービスの登場

 政府の医療IT支援といっても,「高精細画像による遠隔医療」といった派手なものではない。標準データ規格に準拠した電子カルテ・システムを病院に導入させるという初歩的なものだ。

 米国の医療保険の大部分は民間の保険会社がバラバラに提供している。このために,全国一律のオンライン・カルテ・システムの導入は非常に難しく,年配医師の抵抗もあってデジタル化が遅れている。しかし,この政府支援策でようやく一歩が踏み出せると,業界の期待は大きい。

 こうした状況を背景として,中小医院向けにWeb経由で保険支払・請求書発行を代行する米アテナ・ヘルスのサービス,個人の医療情報を管理する「Google Health」や「Microsoft HealthVault」などといった,クラウド的なサービスも続々登場している。

遠隔モニタリングで無線を活用

 ヘルスケアに無線を活用しようという動きも盛んで,医療従事者の通信効率化,薬品情報のスマートフォン向け配信などの医療業務支援といったものに加え,最近では「予防医療」の重要性が増大する中で,患者の遠隔モニタリングもいくつか試されている。

 遠隔モニタリングの分野で有名なのは,薬品服用状況監視システムの米プロテウスというベンチャーだ。薬に微弱電波発信機を埋め込み,背中に張り付けた受信機でこれを受け,服用した薬の種類や分量,時刻を自動的に記録する。たくさんの種類の薬を飲まなければいけない患者が,飲み忘れたり服用方法を誤ったりするのを防ぐ。

 また,心臓病手術後に退院した患者が,モニターをつけ,脈拍などの心臓データを医師に無線送信できる米カーディオ・ネットも知られている。

 こうした医療向けの無線関連システムに力を入れているのが,米クアルコムだ。地元の病院と共同で研究組織を設立し,プロテウスやカーディオ・ネットを含む,多くの無線ヘルスケア企業を支援し,この分野のプラットフォーム企業となろうとしている。

 こうしたブームは,政府補助金による「特需」という面もあるが,クラウドや無線などの技術が手軽かつ安価に使えるようになり,いろいろな分野での問題解決に使えるようになってきた証拠とも言える。今後とも注目したい分野である。

海部美知(かいふ・みち)
エノテック・コンサルティングCEO
 NTTと米国の携帯電話ベンチャNextWaveを経て,1998年から通信・IT分野の経営コンサルティングを行っている。シリコン・バレー在住。
 数年前,環境保護と紙の削減を口実に,クリスマス・カード送付の廃止とeカード移行を勝手に宣言してしまった。そのおかげで,年末のストレスが大幅に減った。医療分野だけでなく,こんな面でも,ITの進歩と環境重視の風潮はありがたいとつくづく思う。
出典:日経コミュニケーション 2010年1月15日号 p.75
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。