ポメラを企画・開発した立石幸士氏
写真●ポメラの上位機「DM20」でQRコードを表示するキングジム電子文具開発部開発二課の立石幸士リーダー

 「自分が心底欲しい、と思うものを作りたかった」。そんな商品開発者の熱意から生まれたヒット商品が、キングジムのテキスト入力専用機「ポメラ」だ。ポメラを企画・開発した電子文具開発部開発二課の立石幸士リーダー(写真)は元々、厨房関連機器メーカーの技術者だったが、「自分で商品を企画しプロデュースしたい」と決意し、1998年にキングジムへ転職した。

 立石リーダーがテキスト入力に特化したマシンを欲しいと思うようになったのは、打ち合わせや会議などでメモを取る感覚で使えるマシン自体がそもそもなかったから。ノートパソコンではメモは取りにくい。電源を入れてから文字入力ができるまで何分も待たされる。コンセントがない場所だとバッテリーの駆動時間が気になり、打ち合わせに集中できない。オフィスソフトをはじめ、様々なアプリケーションを搭載できる多機能のノートパソコンではあるが、立石リーダーは「テキスト入力だけをしたいときには不便」と感じていた。

 ノートパソコンや携帯電話などモバイル端末の多機能化が進むなかで、立石リーダーがあえてテキスト入力機能一本にこだわったのはこのためだ。ポメラは電源を入れてから2秒でテキストを入力できる。専用バッテリーを使わず、市販の単4アルカリ電池2個だけで20時間連続して利用できる。ただし単機能だから、インターネット接続も、表計算もできない。

 持ち運びやすさとキー入力のしやすさを両立するために、折りたたみ式のキーボードを採用した。実はこの折りたたみキーボードは、立石リーダーの企画のうち、ボツになったもの。立石リーダーは以前、携帯電話に接続して文字を入力するための折りたたみ式キーボードを発案していた。携帯電話と一緒に持ち運べるように、使用しない時には折りたたんで収納できる。しかし採算を取るのが難しいという理由で企画は通らなかったが、「折りたたみ式キーボードに画面を取り付ければ、文字入力だけの端末ができるのではないか」と立石リーダーは考え、ポメラの企画に結びつけた。

 ポメラは3段階のステップを経て商品化にこぎつけた。開発本部内で複数のチームに分かれ、チーム内でアイデアを出し合ったところ合格。次にアイデアの中から有望な企画を部門長が評価検討する会議で賛同を得て、役員が出席する開発会議にかけられた。ここで市場性や実現可能性が判断され、商品として世に出すかどうかが決まる。

1人の社外取締役が支持

 ところが、「本当にこんなものが売れるのか…」。役員たちはこう言わんばかりに、一様に渋い表情を見せたという。重い雰囲気が漂うなかで一人だけまったく逆の見方を示した役員がいた。

 「お金を出してでも私はぜひ使ってみたい」。熱烈な支持に回ったのは、社外取締役の印南一路氏(慶応義塾大学教授)だった。印南氏は出張する機会が多い。出先で思い立ったら電源を入れてすぐにテキストを入力できるポメラは待望の商品だった。

 この意見を聞いたキングジムの宮本彰社長は商品化にゴーサインを出した。宮本社長はかねてより、新市場を開拓する商品を世に出す方針として、「打率1割でもホームランを狙う」「10人に1人でも熱烈な賛成があればゴーサインを出す」の二点を掲げていた。

 宮本社長は、「ポメラの商品化を認めた理由はもう一つあった」と語る。「まったくの新商品であるポメラを市場に投入しても、投資リスクを最小限に抑えられる」からだ。

 立石リーダーの提案によれば、ポメラはすでに世の中にある“成熟した”技術を組み合わせて製造できる。実際、ポメラに採用されたのは、ジャストシステムの日本語入力システム「ATOK」、4インチの白黒液晶画面、microSD用のカードスロットで、ポメラのために新たな技術を一から開発する必要はなかった。

QRコード駆使し利用者の要望に応える

 2008年11月に発売したポメラの初代機「DM10」は、発売後1年で約9万台を出荷した。発売当初の目標は3万台だったので、これを3倍も上回った。キングジムから出た久々の大ヒット商品は、多くのマスメディアでも紹介され、社内外から大きな注目を集めた。当然、次期製品への注目も高まる。5月に開かれた記者説明会でも、次期製品についての質問が相次いだ。

 実はDM10が発売されて2カ月後の2009年1月に、既に次期製品の開発プロジェクトがスタートしていた。テキスト入力専用機というコンセプトはそのままにしながら、「いかに利用者の要望を次期製品に反映させるかが課題になった」(立石リーダー)。

 「1ファイル当たりの文字数が少ない」「携帯電話と連携して使いたい」---。DM10に対する意見や改善要望は、インターネット上のコミュニティサイトや、キングジムのお客様相談室に洪水のように寄せられた。立石リーダーは、毎朝お客様相談室に立ち寄り、DM10に対する利用者の声を読むことが日課になっていた。キングジムの社員全員がポメラを利用し、社員からのフィードバックを得られた。

 画面サイズの拡大や1ファイル当たりの文字数の増加、フォルダ管理機能の追加など、利用者の要望を反映させた機能追加が次々に決まった。しかし、携帯電話との連携機能をどう実現させるか、立石リーダーたちは悩んだ。

 実現手段として、ポメラ自体に通信機能の搭載も検討した。しかし、通信機能を搭載してしまうと、電池の消費が大きくなるため20時間の連続利用ができなくなる。さらに初期設定作業で利用者に負担がかる。通信モジュールによって、きょう体のサイズを変更する必要もあった。「通信機能を搭載してしまうと、ポメラではなくなってしまう」(立石リーダー)。

 立石リーダーは通信機能に頼らずに、携帯電話と連携できる手段を模索した。そんなときに、立石リーダーの上司である亀田登信電子文具開発部長が提案した。「QRコードを使ってみればいいんじゃないか」。QRコードの読み取り機能は、ほとんどの携帯電話に搭載されている。ポメラで入力したテキストをQRコード化し、それを携帯電話で読み取ることで、メール送信やブログ更新が可能になるというものだ。QRコード自体、決して目新しい技術ではない。しかし、それを活用することで、通信機能を搭載することなく、携帯電話と連携する機能を実現できた。

 こうしてポメラの新製品として、「DM20」が2009年12月11日に発売された。DM10がスタンダード機であるのに対して、DM20は顧客の要望を反映して機能を大幅に強化した「上位機」の位置付けである(関連記事)。

 DM20が発売されたばかりだが、立石リーダーの視線は既に次世代のポメラに向かう。「辞書機能の強化やさらなる軽量化など、実現したいことはたくさんあります。もちろん、DM20の利用者の声も次期製品に反映させます。突発的なヒットで終わらずに、息の長い商品にしていきます」と、立石リーダーは強調する。

出典:日経コンピュータ 2009年6月11日号 pp.32-33
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。