1963年に2代目社長が立ち上げたビール事業は、サントリーの「やってみなはれ」というチャレンジ精神の象徴だ。苦い赤字の歴史を乗り越え、2008年に営業利益約30億円を記録、市場シェアも12.4%で初の業界3位に躍り出た。躍進のきっかけは、「すっきりした味」に嗜好が画一化されていた日本人のビールの飲み方に対する新提案にあった。(文中敬称略) (文中敬称略)<日経情報ストラテジー 2009年5月号掲載>

プロジェクトの概要
 サントリーのビール事業は1963年、2代目社長の故佐治敬三が始めた。同事業への参入を創業者の故鳥井信治郎に伝えた際、「やってみなはれ」と言われた逸話は社外でも有名だ。失敗を恐れず、まずは行動し、いろいろ学びながら改善していけばいい、という考え方である。
 そんなチャレンジ精神を象徴するビール事業が2008年に初めて営業黒字に転じ、市場シェアも3位となった。原材料の高騰で競合3社が7月にビールを値上げしたなかで、9月まで価格を据え置いたことの効果もあった。だが、黒字化とシェア拡大の最大の要因は高額商品の「ザ・プレミアム・モルツ(プレモル)」を年間1000万ケース(1ケースは633ミリリットルの大瓶で20本換算)を超す基幹ブランドに育成できたことに加え、プレモルで提案した「ビールの味をじっくり楽しむ」という飲み方を新ジャンル(第3のビール)商品にもうまく応用した点にある。
* サントリーは4月1日よりサントリーホールディングスを持ち株会社とする体制へと移行
作り手の思いを伝えたほうが「なるほどうまい」と感じてもらえると、営業以外の社員まで店頭で商品説明。工場では、味わいと高級感が売り物なので、細心の注意を払って品質を調べる
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 「お酒についての消費者の嗜好(しこう)の変化にどれだけ対応できるか。これをしっかり実践できるようになったからビール事業を黒字化できた。(佐治信忠)社長も『お客様から支持されてこそ売れるという当たり前のことに気づくのに45年もかかった』と苦笑していた」

 常務取締役ビール事業部長の相場(あいば)康則は、ビール事業黒字化の要因をこう言い切る。消費者の酒への嗜好は着実に変化し続けている。国産ウイスキーが最も売れたのは1980年代前半、その後は日本酒、甲類そして乙類の焼酎ブームが続いた。

常務取締役ビール事業部長の相場康則。持ち株会社体制に移行するのに伴い、2009年4月にサントリー酒類社長に就任 (写真:山西 英二)

 ビールだけを見てもそうだ。80年代半ばまでは「キリンラガービール」の苦味の強い味わいが受けていたが、「アサヒスーパードライ」の登場で状況は一変。すっきりとした味わいが歓迎されるようになった。スポーツの後にのどの渇きを潤す、仕事の後に気分転換を図る最初の1杯にする。そんな飲み方が日本人のビールの飲み方の主流となった。

 サントリーは86年に貯蔵工程で熟成させるラガータイプの「モルツ」を投入し、翌年シェアを9.5%に伸ばし、当時業界3番手のアサヒビールに迫った。だが、スーパードライの躍進によって引き離され、94年にはシェア5.9%まで落ち込んでいた。

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