生活者起点のサービス・イノベーションにおいては、生活者が受け身の受容者や、支援や補助の対象者にとどまらず、自ら主体的に参加し、交流することで、サービスの価値が持続的向上する枠組みを生み出すことが重要だ。それが、碓井氏の唱える「価値共創社会」の実現につながると考えている。連載においては、引き続き、その成功事例を紹介してほしいということである。

 今回は、筆者らが城崎温泉(兵庫県豊岡市城崎町)と連携して進めているサービス工学技術の開発・適用例をベースに、生活者起点のサービス・イノベーションを考えていきたい。はじめに申し上げておかなくてはならないが、産総研サービス工学研究センターと城崎温泉との共同研究は、まだ始まったばかりであり、集客増加につながったというような「成功」事例には至っていない。ただし、その根底に流れるコンセプトは、まさしく価値共創を視点に置いた、生活者参加型の、生活者起点のサービス・イノベーションにほかならない。

 城崎温泉といえば、近畿圏では知らない人がいないほど有名な温泉地だ。非近畿圏の読者の方の中にも、志賀直哉の「城崎にて」を思い起こされた方もおられるかもしれない。ちなみに、「城崎にて」が国語の教科書に掲載されていたのはずいぶん昔の話だそうで、これをすぐに思い出した方は、相応のお歳であるか、文学好きであるかのどちらかだと思う。

 閑話休題。城崎温泉は、大正年間の大地震(1925年 北但馬地震)で壊滅的な被害を受け、その後、復旧した温泉街だ。ホテルや旅館の外に湯屋があり、外湯と呼ばれている。現在、7つの外湯があり、旅館のゆかたを着て、外湯を巡るのが楽しみの1つとなっている。

 また、城崎温泉は日本海にほど近く、冬場はカニで有名だ。冬場はカニで有名ということは、裏を返すと、カニを楽しめないシーズンの集客には課題が残っている。温泉街では、さまざまな取り組みやイベントで、非カニシーズンを盛り上げようとしている。産総研との共同研究も、このような背景の中で始まった。

城崎温泉の活性化をねらう、「ゆかたクレジット」というITシステム

 技術のキーは「ゆかたクレジット」と呼ばれるIT(情報技術)システムだ。外湯には外湯券というものが必要であり、旅館などに宿泊すれば、入湯料は宿泊料に含まれていて外湯券をもらうことができる。通常は紙媒体の外湯券だが、これをICカードで実現した。

 同時に、外湯巡りのときに土産物屋での買い物を財布無しで楽しめるよう、5000円のデポジット機能も搭載した。ITシステムの導入初期コストを抑えるため、ここでは、既存のFelica(フェリカ)カードをその場で登録して、城崎温泉の「ゆかたクレジット」として利用できるようにする簡易なITシステムを構築した。Felicaカードであればなんでもよい。産総研開発の端末にこれをかざすと、Felicaカード固有のID番号が取得できる。

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 このID番号と顧客をシステム側で対応づけする。温泉街のあちこち(旅館、外湯、土産物屋、飲食店など)に設置されている端末は、すべてFelicaのID番号を読み取っているだけであり、カード自体には何も書き込まれていない。カードをかざした時刻と場所は端末に接続されたシステム側で管理されている。土産物屋や飲食店での支払いを、登録したFelicaカードで行うときも同じだ。デポジットされた金額から、使用した金額がシステム上で差し引かれている。最後に旅館で精算すれば、残額は現金で返還される。

 顧客は、紙の外湯券を大事に持ち続ける必要もないし、ゆかた掛けでそぞろ歩きするときに財布を持ち歩く必要もない。外湯にある観光案内ボックスに登録したICカードをかざせば、外湯の由来を聞くこともできる。外国人顧客は、旅館でICカードを登録するときに母国語を登録することができ、英語や韓国語で由来が聞ける。日本人顧客が漸減するなかで、外国人顧客への利便性を図ることは重要だ。

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