海部 美知/エノテック・コンサルティング CEO

3回にわたって,通信競争政策のこれまでの経緯と今後の展望を見てきた。このように競争政策が変化していくのは,時代背景や市場環境によって見直しが必要だからだ。では,米国ではいったいどのように政策が変化してきているのだろうか。実は米国では,政権交代を機に定期的に政策のリセットが起こっている。今回は,米国の通信政策の歴史を振り返る。

(日経コミュニケーション編集部)

 米国における通信政策の中心は,FCC(米連邦通信委員会)である。周波数の割り当てや,州際(州と州の間で行われるサービス)と国際通信を管轄している。地域電話やCATVなどの州内通信は各地域の公益事業委員会(PUCまたはPSC)が担当しており,通信事業者の分割や統合などでは司法省が重要な役割を果たすが,全国的な通信政策はFCCが主体となる。

 FCCの5人の委員のうち,3人までは大統領と同じ政党の委員を入れることが慣例だ。これにより通信政策は常に政権政党の意向が反映される。一般に米国では,共和党が「大企業優先・独占容認」,民主党が「競争促進・独占反対」の傾向が強い。通信では規制を緩和すると独占容認へ向かうので,共和党が「規制緩和」寄り,民主党が「規制強化」寄りともいえる。

 しかし1980年代以降の米国の通信政策の流れを見ると,必ずしも政権の性格だけに左右されていない。技術や産業の変遷と歩調を合わせ,合理的な選択をしてきたことが分かる(図1)。

図1●米国通信業界の25年の通信政策の流れ
技術の進展や時の政権の影響を受けて,米国の通信政策は大きく舵を切ってきた。2009年に就任した民主党のオバマ大統領の登場で,米国の通信政策は再び「規制強化,競争促進」に向かい始めている。
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光ファイバ登場がAT&T分割の背景

 米国の通信競争の歴史は1984年に始まる。司法省が起こした独占禁止裁判の結果,市内から長距離まで独占的なシェアを占めていた米AT&Tが分割された。AT&Tの地域通信事業は各地域ごとに7社に分割され,AT&Tは長距離電話会社となった。

 その背景には,電話設備のアクセス部分と中継部分のコスト構造差の拡大があった。アクセス部分には大きな技術革新がなく投資回収に時間がかかる一方で,中継部分には新たに光ファイバが登場し,コストが劇的に下がっていた。この二つを切り離し,中継部分に競争を導入することが合理的だったのだ。

 その結果,90年代半ばまで,米MCIなどの新興長距離事業者がAT&Tと華々しい戦いを繰り広げる「長距離電話全盛」の時代となる。この間,米の政権政党は“独占容認”の共和党だったが,「AT&Tと7社のベル系地域電話会社」の枠組みで厳しく縛られた“競争促進”の時代が続く。

三つの技術革新が起こった90年代

 90年代半ば以降,通信業界は新たな技術革新が起こる。(1)中継部分でさらに効率的な伝送を可能にするDWDM(dense wavelength division multiplexing),(2)基地局の容量を増やしてコスト低下をもたらす携帯電話のデジタル化,(3)商用インターネットの登場──だ。ちょうど93年に,共和党(大統領はブッシュ父)から“競争促進”の民主党(同クリントン)へと米国政権が移り変わった時期である。ゴア副大統領の「情報スーパーハイウエイ構想」が大きな話題を呼んだころだ。

 DWDMは波長の異なる複数の光信号を1本の光ファイバに多重して伝送する技術で,再び中継部分の伝送コストの劇的な低下をもたらした。同時期にブラウザが発明されたこともあり,インターネットの一大ブームが起こる。

アクセス競争を目指すも成果出ず

 携帯電話のデジタル化による加入者急増も大きな変革をもたらした。携帯電話事業者は長距離通話を全国一律料金とするプランを用意。固定電話の長距離トラフィックが雪崩を打って携帯電話に流れ込んだ。

 その結果,84年当時の「固定電話=アクセス+長距離電話」の区分は意味を持たなくなる。にもかかわらずFCCは,「今度はアクセス分野で競争を促進する」目的で,地域電話事業者(ILEC:Incumbent Local Exchange Carriers)に対し,アクセス回線(銅線)の開放を義務付ける「96年改正通信法」を施行した。

 この政策は,あまり効果が上がらなかった。なぜならアクセス部分のコスト構造は従来と変わらず,既に音声通話の需要が携帯電話に大幅に移っていたからだ。地域アクセスに参入した米コバッド・コミュニケーションズなどの新興地域事業者(CLEC:Competitive Local Exchange Carriers)は,DSLの普及にはある程度の役割を果たしたものの,数年でほとんど消滅した。その一方で96年から2000年にかけ,地域電話事業者の大型統合ラッシュとなる。

 94年には,携帯電話のデジタル移行のための周波数オークションも始まる。割り当ての手間と時間を軽減するだけでなく,携帯分野への新規事業者の参入を促す意図もあった。

 このように90年代後半は,通信の歴史上まれに見る激動の時代だった。FCCは,96年通信法によるアクセス開放と周波数オークションの二つの大きな政策を打ったが,前者は中途半端に終わった。一方,後者は今ではすっかり定着している。

“統合容認”へ方針転換

 2000年に通信業界は,テレコムバブル崩壊に見舞われる。政権は2001年に再び,ブッシュ(子)大統領の“独占容認”共和党に変わる。

 救済合併が世論で容認されやすい環境の中で,政府やFCCの政策も「競争促進」から「統合容認」へと大きく舵を切る。既に意味のなくなった「地域と長距離」,「通信と放送」といった区分をやめ,あらゆる通信事業セクターを保有する少数の大企業の間で競争させる構図を描く。時代はブロードバンドへと移行し始めており,回線敷設には巨大な投資が必要であることから,その負担に耐えられる大企業の存在が必要だったのだ。

 2005年の米SBCコミュニケーションズによるAT&T買収と米ベライゾンによるMCI買収で,長距離会社は事実上消滅,地域会社と一体となる。携帯電話分野でも統合が進み,AT&Tとベライゾンの2大電話会社が,米コムキャストなどのCATV大手と全方位対決する現在の枠組みができた。この間,政府はあまり表には出てこなかった。

オバマ政権で再び競争促進へ

 そして現在,2009年の民主党のオバマ大統領の就任で,再び米国の通信政策は「規制強化,競争促進」に流れが向かい始めている。実際7月には,司法省がiPhoneを含む携帯電話や米グーグルなどを対象に,業界の独占構造の調査に動き出した。

 その一方で,新政権は経済振興策として「ブロードバンド普及推進」も重要政策として掲げている。FCC新委員長に就任したジュリアス・ジェナコウスキー氏も,インタビューの中でこの点を真っ先に語っている。これらのテーマをどのような具体策に落とし込んでいくのか注目される。

 この25年の間に通信分野では,大きな技術革新とそれによる景気循環がほぼ10年周期で起こっている。米国では8年または12年で起こる政権交代の時期が好機となり,時代に合わなくなった古い仕組みを“リセット”し,技術・業界の変化に合わせてきている。新しく導入した施策も,常にうまくいくとは限らない。だからこそ,このように時々リセットできる体制も通信政策を進める上で必要と言える。

海部美知(かいふ・みち)
エノテック・コンサルティングCEO
NTTと米国の携帯電話ベンチャNextWaveを経て,1998年から通信・IT分野の経営コンサルティングを行っている。シリコン・バレー在住。
出典:日経コミュニケーション 2009年9月15日号 pp.50-51
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。