欧州連合(EU)の欧州委員会(EC)が通話の着信接続料の規制に関する勧告を採択した。これは,固定事業者-移動体事業者間の競争のゆがみの是正などを目的としたもので,移動体通信事業者の着信接続料を大幅に引き下げることを求めている。今回は,この勧告の内容とその影響を解説する。

(日経コミュニケーション編集部)

八田 恵子(はった けいこ)/情報通信総合研究所 主任研究員

 2009年5月7日,通話の着信接続料の規制に関するECの勧告が採択された。勧告は固定通信と移動体通信のそれぞれを対象とするが,両者の接続料格差を縮小することが狙いの一つであることから,移動体通信の着信接続料には大幅な値下げを求めている。

 勧告には各国当局や通信業界からの強い抵抗があり内部諮問組織でも否決されたものの,ECは基本路線を変えることなく採択に踏み切った。ECは勧告で,2012年末には1.5~3ユーロセント/分までの低減が可能と予測している。これにより2009~2012年の間で,移動体通信業界からは40億ユーロのキャッシュフローが外部へシフトし,ユーザーに対する総額20億ユーロの値下げと,固定事業者への20億ユーロの追加収入が実現すると試算している。

算定ルールは不変,期限は1年延長

 採択された勧告は従来の検討を踏まえたものとされているが,2008年7月の当初案に若干の修正が加えられただけで大幅な変更はない。移動体着信接続料の算定を,トラフィックに関係しない固定費を除外した純粋なLRIC(長期増分費用)に基づいて行うという基本ルールは不変である(表1)。このため,施行期限を2011年末から2012年末へと延長した点だけが当初案に加えられた実質的な修正となった。各国は2012年12月31日までに着信接続料を勧告に従って値下げし,事業者間の格差を解消することを求められる。

表1●ECが勧告を採択したEU着信接続料規制(2009年5月)の移動通信関連の規定
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 勧告が定義する純粋LRIC計算では,仮に事業者の中で発着信が自己完結していた場合の設備量と他事業者の着信も運ぶ場合の設備量を比べ,追加で必要になる設備量がどれだけかを仮想モデルにより求め,それに対応するコストを算定するという手法を採る。この方法によると,加入者収容や発信のために共通で利用されている大半の固定的設備が除かれることになる。

 2011年時点での着信接続料を見てみると,低い国ではオーストリアの2.01ユーロセント/分,フランスやスウェーデンの3~4ユーロセント/分(現在のEU平均の20~50%),高い国ではドイツの6~7ユーロセント/分,アイルランドの7.99ユーロセント/分となる。オーストリアは,現水準の半分以下という思い切ったものである。

 既に着信接続料が低水準にある国ではECの狙う1.5~3ユーロセント/分の水準を比較的早く達成できるだろうが,高水準の国では難しい。ベルギーなど一部の国では,仮想モデルによるコスト計算で着信接続料を設定することを裁判所が否定した。今回の勧告は大幅に値が変わるコスト算定方法を求めているため,こうした国では再び訴訟発生の懸念が潜在的にある。

目的は競争のゆがみの解消

 勧告採択を発表する報道発表資料は「固定-移動間の相互補助を解消」とうたい,着信接続料の見直しによる競争のゆがみ是正を強調している。

 これまでの移動体着信接続料では,無線アクセスを含むカバレッジの費用を算定に入れてきた。これは固定でいえばトラフィックに関連しない加入者設備である。このほか移動体では,全社共通費など固定では認められない費用も算定に入れてきた。このように固定と移動体で規制は「非対称」だったわけだが,今回の勧告にはその非対称性を解消することで固定・移動の競争条件を平等にするという意味がある。

 移動体通信サービスが始まった当初は移動網は固定網に比べて小規模で,通話のほとんどが移動加入者と固定加入者の間のものだったはずだ。固定からの着信料は移動体通信事業者の大きな収入源であり,カバレッジ投資の原資でもあった。こうして固定網から移動網へは,着信接続料支払いという形の補助関係が形成されていた。このシステムは,移動-移動の通話が相当な割合を占める現在も続いている(図1)。

図1●固定通信から移動通信への年間着信料支払い推定額(英国,ドイツ,フランス)
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 しかし今日では,移動体は固定よりもはるかに大きな事業に成長した。一方,今度は固定通信が次世代ネットワークやファイバ設備の建設のために,巨額の投資資金を必要としている。このような状況では,従来の補助システムを継続することについて,社会的な合理性が見出し難くなっているといえよう。今回の勧告の背景には,このような固定と移動の立場の逆転がある。

膨らむ革新的なサービスへの期待

 着信接続料の見直しをきっかけに,新サービスの誕生が期待される。特に固定・移動を融合したバンドル・サービスや定額パッケージが容易になるとEUは分析している。

 着信接続料の引き下げを声高に求め,大きな影響力を発揮した事業者としてはハチソン 3G(H3G)がある。同社は着信接続料が見直されれば,革新的なバンドル・サービスや定額パッケージを提供する用意があると訴えていた。定額プランは欧州でも普及しつつあり種類やプランの規模も拡大しているが,小規模事業者にとっては思い切った提供が難しくなっているという。H3Gや仏ブイグ・テレコムは,非対称な着信接続料でも多額の純支払いが生じているとしている。英H3Gでは,その額は300万ポンド/月とされている。

 今回の着信接続料見直しにより,音声事業による移動体通信のビジネスモデルは今後,収益源としての魅力を一層低下させることになるだろう。勧告の適用を受けてユーザー料金が低下すると,通話が増えて通話収入が一時的に増大することも考えられるが,長期的には市場が飽和し,収益は低下傾向へと進む。ある程度の水準まで低下してしまえば,着信接続料規制に反対して血道を上げることは,事業者にとっても得策ではなくなることだろう。

 こうした中で,現在起こっているデータ収入の爆発的な増大が,音声ビジネスの位置付けの見直しを容易にしていると考えられる。着信接続料収入がなくなったとしても,事業者間の補助のシステムが消滅するだけのことである。「事業コストをユーザーから料金として回収する」という,通常のビジネスモデルに近付く。今後は,従量料金によるビジネスモデルは一層後退し,定額プランが主流となり,他事業者のユーザーへの通話無料化も現れるだろう。着信接続料勧告はこのような料金やサービスが向かう潮流を一層加速させると考えられる。

八田 恵子(はった けいこ)
情報通信総合研究所 主任研究員
1996年情報通信総合研究所入社。固定,移動通信の接続料金,規制・政策を中心に研究。現在,EUの政策動向に焦点を当てている。

  • この記事は情報通信総合研究所が発行するニュース・レター「InfoComモバイル通信ニューズレター」(旧InfoCom移動・パーソナル通信ニューズレター,2009年4月号より内容を一部刷新し名称変更)の記事を抜粋したものです。
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出典:日経コミュニケーション 2009年8月1日号 pp.82-83
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。