金融機関のシステム子会社に勤める高山真一さん(仮名)は,親会社の基幹系システムをオープン化するプロジェクトに,価格交渉の担当者として参加していた。このプロジェクトでは,親会社の担当者による強硬な値下げ要求により,数十人ものITエンジニアが苦しまされた。

「機能追加分は払わない」

 親会社のシステム企画部門に所属するこのプロジェクトの担当者から,システムの概要仕様書を提示された。その仕様書に基づいて見積もることを求められ,約3億円(本誌推定)と見積もった。悲劇の種はこの時点で既にまかれていた。後から考えれば,この概要仕様書は,どうやらユーザーへのヒアリングを十分に行わずに作成されたものだった。それに基づいて見積もった金額が基準となってしまい,その後の不当な値下げが要求される事態を招くことになった。

 概算見積もりの後に機能を詳細に検討すると,概要仕様書にはない,必要な機能が次々と判明する。精査すると,機能量は概要仕様書の2倍に達していた。これでは到底3億円では構築できない。高山さんらが再度見積もったところ,機能が増えた分に比例して2倍の約6億円(本誌推定)になった。

 ここから,不当な値下げ要求が始まる。この見積もり額を聞いた親会社の担当者は,価格交渉の窓口となっていた高山さんに向かって「追加分は払えない」と言うのである。概要仕様書から機能が増えていることをいくら主張しても,「概算の見積もりが甘い。追加分を払う必要はない」の一点張りだった。6億円を半額にしろという,とんでもない値下げ要求である。

 かつて親会社に所属していた経験のある高山さんは,交渉相手の強硬ともいえる値下げ要求の理由が,保身だとすぐに気づいた。親会社の担当者は3億円で上司に報告しているので,それを超えると予算管理能力がないと評価される。それが出世に響くと考えるはずだからだ。また,「なぜ,多額の費用をシステム子会社に払わないといけないのか」といったように,システム子会社は生かさず殺さずでよいという考えも持っていたようだ。

20人が心の病に20人は退職

 半額要求など受け入れられるはずがない。高山さんは値下げ要求を断固拒否していたが,親会社の担当者の言い分は変わらない。このプロジェクトでは,開発フェーズごとに成果物を納めて対価をもらう契約になっていた。価格交渉の先行きは明るくなかったが,開発を進めると報酬をもらえる。概算見積もりを基にしているので十分ではないが,金額の交渉をしつつ,プロジェクトを進めることにした。

 何度目かの交渉で多少の予算の上乗せがあったものの,それでも間違いなく赤字になる。だがそれを最後に,親会社の担当者から「もう交渉の余地はない」と言い放たれた。

 一方で,このプロジェクトに参加する子会社側メンバーの不満は爆発寸前だった。というのも,高山さんの会社では,参画しているプロジェクトの収支が,プロジェクト・メンバー個人個人の評価と給与に直結するからだ。高山さんはメンバーの1人にこう言われた。「これだけ機能が増えているのに,追加分の費用をもらえないなんて理不尽だ。懸命に働いているのに会社からの評価は低くなり,不愉快極まりない。値下げ要求をのむなんてとんでもない」。価格交渉に当たっていた高山さんは,胃の痛む日が続いた。

 プロジェクトは進んだものの,価格交渉の状況はまったく改善しなかった。結局,システム子会社の社長判断により,泣く泣く値下げをのむことになった。詳細は分からないが,値下げ要求をのむ代わりに人事などへの介入をさせない,実質的な独立を約束させたようだ。

 半額を要求されたプロジェクトは,機能が倍になっても当初の計画通りにカットオーバーしなければならかった。プロジェクト・メンバーの懸命の努力でスケジュール面の約束は守れたが,あまりの過酷さから,90人ほど参加していたメンバーのうち約20人が心の病を患い,休養を余儀なくされた。また,プロジェクトを終えた後,心身ともに疲れ果てたのか20人が退職してしまった。親会社の担当者1人の理不尽な要求が,何十人というITエンジニアの運命を狂わせた。

高山 真一さん(仮名)
高山 真一さん(仮名) 金融機関のシステム子会社で取締役を務める56歳。金融機関在籍時はホストでの開発を経験したのち,企画部門に従事していた。プロジェクトには価格交渉の担当者として参加
出典:日経SYSTEMS 2007年5月号 pp.200-201
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