定年が近づいた人には、必ずチャンスが訪れる。ファイザーの前・取締役(CITアジアパシフィック担当)の矢坂氏は昨年10月、サラリーマン生活に終止符を打ち、コンサルタントとして独立した。初めての「城」は代々木駅前にある約18平米の事務所。「最初は不安だったが、今は毎日がとても充実している」と笑顔で話す。

矢坂 徹(やさか・とおる)氏

 子供が大きくなり、家のローン返済のメドが立ち、定年退職が近づいてきた今だからこそ、独立して自分の力で「ご飯を食べる(収入を得る)」ことにチャレンジできた。即断即決できたわけではない。悩んでいた僕の背中を押したのは、「大丈夫。今まで頑張ったんだから、好きなことやっていいんじゃない」という妻の言葉だ。

 僕は節目となる60歳になったら、独立して新しい道を歩もうと思っていた。システム部長やCIO(最高情報責任者)として働いてきたなかで、「自分の経験を他の会社のために生かせないか」「1社でもいいから会社を元気にするお手伝いがしたい」とずっと考えていたからだ。会社や部門の競争力を高める改善指標の作り方など、自分が実践してきた方法論を広めることで、少しは日本経済に恩返しができるのではないだろうか。

 会社に所属していれば、安定した収入は得られるが、いろいろと制約もある。しかも、60歳になるまでに病気になったら、「いつかは独立しよう」という夢は実現できなくなる。50代半ばの今ならできる。ファイザーを退職することは、「夢を実現するチャンスだ」と考えて独立を決意した。

 僕はこれまで何度か転職を繰り返してきた。外資系企業が多かったこともあり、「マーケタブル(売れる)」な人になろうと常に考えていた。最初から独立を視野に入れていたわけではないが、会社や役職が変わるたびに、「次のステップに進むために必要なことは何か」を考えて実践してきた。

 だが、実際に独立したら、空回りする毎日だった。自分は売れるサービスだと思っていても、相手がそう思うとは限らない。生活費や事務所費など、お金はどんどん出ていくばかり。「稼がなきゃ」という気持ちだけが“前のめり”になっていた。

 このとき支えてくれたのが、これまで付き合ってくれた取引先や知人・友人だ。一人で悩んでいる自分を察して電話をかけてきてくれたり、各分野で活躍する方を紹介してくれたりした。自分の講演を聞いたコンサルタントが、自身のノウハウを教えてくれることもあった。彼らの支援がなかったら、途中でくじけたかもしれない。

 僕は思うんだ。誰もが「売れる(買 ってくれる)」ノウハウや経験を持っていると。それらを“売れる”商品やサービスに変えられていないだけだ。そして、自分の力だけでは変えられなくて、周囲の人がそれを気づかせてくれたり、商品・サービスに変える手助けをしてくれる。独立を勧めるわけではないけど、定年が近づいた同世代には、自分のやりたいことができるチャンスがあることを知ってほしい。

矢坂 徹(やさか・とおる)氏
ウェッジ・コンサルティング 代表取締役社長
1981年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)卒業後、京セラに入社。日本モトローラ、米ワーナーランバートを経て、2001年に米ファイザー日本法人の統括IT担当取締役に就任。07年8月に同社を退職。同年10月にウェッジ・コンサルティングを設立。1953年11月生まれの54歳。
出典:日経コンピュータ 2008年9月22日号 p.140
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