一見順風満帆に見えるApp Storeのアプリ開発だが,“光”の部分だけでなく開発者を悩ませる“影”の部分もみえてきた。まだまだ発展途上であることが浮かび上がる。

 iPhoneが優れたUIを持つが故に,開発者を悩ますこともある。単に携帯電話向けアプリを移植しただけではユーザーの支持は得られないからだ。ナビタイムジャパンは,乗り換え検索などの機能を持つiPhone用アプリを投入したが,短い開発期間で作成したため,操作性については従来の携帯電話向けアプリと変わらない部分が残っていた。「携帯電話と同様にカーソルを合わせて,文字を入力するというインタフェースだったため,ユーザーからは『がっかりした』という声も上がった」(大西社長)という。現在は,iPhoneの操作性を生かした機能強化版の開発を急ピッチで進めている。

インストールのトラブルで配信中止

 発展途上ゆえの困難に直面した開発者もいる。「アプリを購入したが,インストールが止まってしまう」。iPhone 3Gの発売と同時に電子辞典アプリ「ウィズダム英和・和英辞典」をApp Store上で発売したベンチャー企業の物書堂には,一部のユーザーから問い合わせが寄せられた。アプリはメモリー・リークがないように入念な検査をしてから米アップルに提出した。インストールさえできれば,アプリは問題なく動作する。ただし,インストールの仕様はアップルが決めているにもかかわらず,詳細は公開されておらず,「問い合わせても十分な支援は得られなかった」という。

 2800円とApp Storeの中では高い価格を付けていたにもかかわらず,同アプリは,公開当初,ダウンロード・ランキングで上位に位置していた。その直後,インストールのトラブルが発生し,7月下旬にはやむなく販売の一時休止に踏み切った。同社の廣瀬則仁代表取締役は,「公開していない仕組みについては,アップル側で十分にテストするべき。販売価格の30%を支払っているのだから,安心して販売できる環境を整備してほしい」と訴える。

大量アプリの中で埋没の可能性も

 インストールのトラブルは,あくまでも個別アプリの事例だが,アップルの運営方法に疑問を呈する声はいくつかある。代表例がApp Storeの表示方法だ。個人向けから業務向けまで,App Storeにはあらゆる分野のアプリが世界中から集まっている。ユーザーはこの多様性に面白みを感じるかもしれないが,開発者にとっては悩みの種。開発費をかけた自信作を投入しても,他の多くのアプリの中に埋もれてユーザーに発見されない可能性があるからだ。その中の競争の厳しさはある。支持を得られるアプリでなければならない」(セガ モバイル統括部 モバイル営業部の永井薫部長)。

 App Storeのトップ画面には,アプリを紹介するボタンが複数並んでいる。このApp Storeの“一等地”とも言える場所に掲載されるアプリは,アップルの担当者が決めているといわれる。ユーザーに知ってもらう前に,アップルの担当者に開発したアプリを「面白い」と思ってもらう必要があるのだ。

海外では支持されるアプリに違い

 開発者側が自ら売り上げを増やしたい場合は,自らのWebページからApp Storeに誘導する手段もある。「さまざまなWebページにApp Storeの購入ページへのダイレクト・リンクを配置するなど,ネット上でマーケティング活動をする必要がある。日本だけでなく,世界中で実施する」(サン電子の水野グループリーダー)。

 現在,開発者の参入が相次いでいるが,いずれは淘汰が進む。「くだらないアプリでもうかったとしても,それは初めだけ。開発者は,ここからどうやって頭一つ抜け出すかを考える必要がある。ユーザーは品質にはシビアだ」(ユビキタスエンターテインメントの清水社長)。

 多くの開発者は,App Storeのメリットを生かし,世界に目を向けたアプリ配信を目指し始めた。それでも,簡単に海外で稼げるかといえば,そう簡単ではない。「国内で支持されるコンテンツと,海外で支持されるものは異なる」(セガの永井部長)からだ。

 開発者がこれら幾多の困難を乗り越え,世界中のユーザーの支持を得る多くのアプリが登場してきたときに,iPhoneとApp Storeが起こす変革の全貌が見えてくるはずだ。

国内メーカーに“iPhone”は作れない

 国内の携帯電話メーカーは,携帯電話事業者の下で,規格やサービスに適合する端末を作ってきた。ある国内メーカーの担当者は「App Storeのような,これまで自分たちが手がけてこなかった大きなスキームに自社で踏み込むのは難しい」と吐露する。ハードウエアやミドルウエアの技術はあっても,上位サービスに踏み込むには畑が違いすぎる。ましてや独自に課金などすれば,事業者との関係にヒビが入りかねない。海外進出を狙う意思はあるが,今はiPhoneが海外でどう受け止められるかを静観し,AndroidLiMoのような新プラットフォームの登場に合わせて海外進出を狙う算段だ。

 国内の事業モデルを崩す“黒船”と言われるiPhone 3Gが上陸した以上,事業者の意向に従うだけでは道は開けないとの危機感もある。NECのモバイルターミナル事業本部の工藤和裕統括マネージャー兼商品企画部長は「FMCサービスのホームUに対応した端末を投入したように,NECの強みであるネットワーク連携を事業者に向けて積極的に提案していく」と,自社の独自性を打ち出せる提案に活路を見い出す。

 一方,大きな事業モデルの改革は難しくとも,iPhoneに似た操作性を取り込むことはすぐに実現できそうだ。携帯電話向けの画像処理ソフトを提供するヤッパの伊藤正裕代表取締役社長は,同社のエンジンを使うことで「画像を回転,ページをめくるように表示するといったiPhoneのような操作性を短期間に実装できる」という(図A)。既にシャープが採用しており,今年の冬以降同様の端末が多数登場しそうだ。

写真A●ヤッパの描画技術によるインタフェース
写真A●ヤッパの描画技術によるインタフェース
指で画像をめくるような表現が可能(下)。複数のコンテンツを3D表示するインタフェースも開発中(右)。
出典:日経コミュニケーション 2008年8月15日号 pp.28-29
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