意思決定には,「合理性」や「合意性」などが必要だ。これらを欠いた意思決定をすると,予算を削られたり,却下されたりしたプロジェクトの当事者たちは,大きな不満を抱いてしまう。特に部門をまたがって全体最適化をする場面では,関係部門とのコミュニケーションが足りないと,無用なトラブルを起こしかねない。

小川 康
インテグラート 代表取締役社長



 前回は,会社や部門レベルで全体最適を図る事業ポートフォリオ・マネジメントのテクニックとツールを解説しました。複数のプロジェクト,事業計画が存在する場合に,どうすれば全体最適に近づけられるのか,ご理解いただけたと思います。こうしたテクニックを基にしつつ,今回は最終的な意思決定時に考慮すべき「コミュニケーション」の問題を取り上げたいと思います。

 全体最適を図るには,一部のプロジェクト,事業計画の投資額を削ったり,その分の予算をほかの事業などに回したりする必要があります。一部の事業計画案が却下されることもあるでしょう。そのような意思決定が下されたとき,関係者が決定内容に不満を抱いているようでは先が心配です。決定内容に対して関係者がより納得し,支持することで,はじめて達成へのコミットメントが増し,実現のパワーになるからです。

 皆が納得する意思決定をするには,意思決定の品質を高めることと,関係者と的確なコミュニケーションをとることが重要です。どちらかが欠けても,十分な推進力が得られなくなります。

 まずは,いつものようにA社の新規事業プロジェクトを題材にして,陥りやすい問題を見てみましょう。A社は過去に,経営会議での意思決定を巡って,社内にトラブルを起こしたことがあるようです。決定内容の「納得感」に着目しながら,読んでみてください。

A社佐藤課長の心配◆去年起こった部門間の対立が再発しないだろうか…

 大手化学メーカーA社コーポレートIT部の鈴木主任とその上司である佐藤課長は,新規事業プロジェクトの「従来案」と「見直し案」の再検討を進める中で,壁にぶつかった。全社の事業ポートフォリオを見ると,見直し案は初期投資額が大きく,丁度,会社の利益額が落ち込む谷間の時期に,見直し案の投資時期が重なってしまうのだ。一方,事業の立ち上がりが早い従来案だと,全社利益の谷間を埋める,というシミュレーション結果が出た。

「このままの案では,まずいな…」

 佐藤課長はため息をついた。会社の他のプロジェクトに目を向けると,いろいろ調整しなければならないことが見えてきた。まだ詰めていくべき事項がたくさんありそうだ。

 そしてもう1つ,他のプロジェクトとの関係において,心配事があることに佐藤課長は気付いた。去年起こった“ある事件”を思い出したのである。

「おいおい,鈴木くん。今ふと思い出したのだけど,去年の経営会議で投資計画を決定した後,関連部門でものすごい反発が出たんだ。1カ月はゴタゴタが続いたと思うよ。あんな争いは繰り返したくないな」

 佐藤課長は,去年の経営会議で議論された投資計画案と,それを巡って起こった関連部門からの反発について話し始めた。

 昨年,A社は3事業の投資案件について,経営会議で意思決定することになっていた。3つの事業の投資額とリターン見込みは以下のような内容だった。

  投資額 リターン見込み
事業Xの投資計画 7億円 14億円
事業Yの投資計画 3億円 4.5億円
事業Zの投資計画 4億円 8億円

 このまま3つの事業を進めるには,合計14億円の投資が必要になる。だが,昨年の投資予算枠は合計で12億円だった。この案のままでは3事業をすべて実行することはできない。どれか1つを諦めなければならなかった。

 もし,事業XとYを選べばリターン見込みは18.5億円となる。同様に,事業XとZを選べばリターン見込みは22億円,事業YとZを選べばリターン見込みは12.5億円になる。リターン見込みの大きさを最重要視するなら,事業XとZを選ぶべきである。実際に,昨年の経営会議では,そのように意思決定した。

「しかしね,投資計画が却下された事業Yの関連部門は,納得がいかなかったのだよ。2年越しの計画だったし,その部門にとって極めて重要な事業だったからね。予算が少し足りないというだけで却下されたことに,現場はかなり怒っていたな」

 単に「投資」「リターン見込み」「予算」という数字だけではなく,異なる観点で大切なことがあると佐藤課長は思った。

 大きな投資案が却下されるということは,事業の現場に大きな影響を及ぼすことがある。例えば,ある技術やアイデアを研究開発し,ようやく事業化に踏み切ろうかという段階に至っていたとする。その技術やアイデアに直接携わっていたメンバーにしてみれば,これから努力が実ろうかというときに,投資案が却下されれば,行き場を失ってしまいかねない。可能であれば,新しい事業の種は枯らさずに,育てたいものである。

「昨年,事業Yを却下せずに済む方法はなかったのだろうか。そして今年,自らが関与する新規事業プロジェクトを,社内の他部門が納得する形で認めてもらうには,一体どうしたらいいのだろうか…」

 佐藤課長は,心配の種が増えたことに,渋い顔をした。

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