広島市内でこじんまりと商売を営んでいた写真館。それが2002年に新しいビジネスに挑んで成長のきっかけをつかみ、今や年商40億円に迫る勢いで躍進を続けている。「オリジナル写真集を1冊単位で制作する」という新事業が軌道に乗った背景には、ITを活用した卓越したビジネス・モデルがある。

 「誰もやっていなかったビジネスを確立したからこそ、先行者のメリットを享受できた」。こう話すのは、自らのアイデアで新事業を牽引してきたアスカネット(広島市)の福田幸雄社長だ。これまでの常識を疑い、柔軟な発想でチャレンジを続けたことが新市場の開拓に結実した(図1)。

図1●常識を疑う目が、新しいビジネスのアイデアを生んだ
図1●常識を疑う目が、新しいビジネスのアイデアを生んだ
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 同社が手掛けているのは、「写真集を1冊単位で制作する」というビジネス。顧客はパソコンを使い、自分で撮影した写真を組み合わせてオリジナルの写真集をデザインする。そのデータをインターネットを介して同社のサーバーに送付すると、10日以内に市販品と同等の品質で印刷・製本された写真集が手元に配送される(図2)。

図2●アスカネットが展開する「オンデマンド写真集印刷」の概要
図2●アスカネットが展開する「オンデマンド写真集印刷」の概要
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アスカネットの概要

 当初は結婚式などを撮影するプロカメラマン向けとしてスタートしたが、今は一般顧客にもすそ野を広げている。価格は、一般向けとして人気の「MyBook」の場合、182×181mm、20ページ構成で2940円からだ。2005年6月からは海外展開も開始。今や、国内外から月間に2万5000冊分もの受注が舞い込んでいる。

 「カメラがデジタル化されて、個人が写真データをパソコンで自由に扱う時代が来るなら、もっと創造的で楽しい保存方法があってもいいんじゃないか」――。写真の残し方に対する疑問が、新事業のヒントになった。

 写真館を営んでいた福田社長は、自らカメラマンとして成人式や披露宴などを撮影していた。だが、キヤビネや四つ切といった定型印画紙にプリントし、既製の台紙やアルバムに張り付けて顧客に販売するという昔ながらの商売に飽きと限界を感じていた。

新しい写真の残し方を追求

 福田社長は撮影の仕事をしながら「結婚披露宴」をあらためて眺めてみた。それは新郎新婦が丸1日タレント気分を味わえる特別なイベントとして映った。「だったら、本物のタレントのように写真集を出せる仕組みを用意すれば喜ばれるんじゃないか」――。そうして、顧客が写真や文字を自由に配置してオリジナルの写真集を作れるビジネスの可能性を探り始めた。1995年のことだ。

 しかし、簡単な話ではなかった。写真集制作で一般的なオフセット印刷は、何千冊、何万冊というロットの大量印刷を前提としており、1冊単位の仕事を請け負ってくれる印刷会社などない。もし仮に対応してくれたとしても、原価がケタ違いに高くつき、顧客が手を出せる価格にするのは難しい。小ロット印刷を目的としたオンデマンド印刷機は存在していたものの、名刺やチラシなどを対象としたものが中心で、多くは高品位の写真印刷に向かなかった。

 何か打開策はないものか。国内外の情報を集めるなかで、HPインディゴ社のデジタル印刷機に目が止まった。オンデマンド印刷機のカテゴリに属する機種だが、豊かな色表現ができる性能を売りにしていたのである。「既存業者がいないなら自社でやるしかない」と、数千万円の投資を大英断して導入し、手探りで実験を始めた。

 しかし、すぐに壁に直面した。印刷機が備える性能を十分に発揮させるノウハウがなく、被写体の持つ色を思い通りに印刷できないのだ。顧客が望む色に仕上がらない限り、ビジネスは立ち上がらない。なかなか解決の糸口がつかめず途方に暮れた。

 一番の難関は、出版印刷業界で「カラー・マネジメント」と呼ばれる色管理技術の確立だった。解決のヒントを追い求めるなかで、福田社長はカラー・マネジメントの第一人者が京都にいることを知り、すぐに駆け付けた。その専門家は福田社長のアイデアに関心を寄せ、協力してくれることになった。

 印刷機の制御プログラムのチューニング、色のバランスと階調の出し方、印刷前と印刷後の紙の表面処理など、次々と出てくる課題を一つひとつ解決していった。なおも難しかったのは、印刷機が熱を持つことで発生する色調変化の克服だった。試行錯誤を繰り返して“職人技”ともいえるノウハウを蓄積し、最後には「雪原にいる白ウサギの毛の質感を安定して表現できる」(福田社長)ほどに技術を磨いた。実に5年もの歳月を費やした。

デザインはすべて顧客に任せる

 ただし、ビジネスを成立させるには印刷技術を極めるだけでは不十分。収益性を確保するには、徹底したコスト削減の工夫も欠かせなかった。

 時代はちょうどインターネットが普及し始めたころ。全国、さらに海外をも視野に入れてビジネスを展開するため、受注はホームページでのみ受け付けると最初から決めていたが、それだけでは効果は薄い。

 ここで福田社長がひらめいたのは、写真集のデザインをすべて顧客に任せる、というアイデアだ。写真や文字を配置するレイアウト用ソフトを自社開発し、同社ホームページから無料でダウンロードして使ってもらうことを思い付いたのだ。ページの背景の色や模様、写真の大きさや位置、文字の挿入や装飾などをパソコンの画面を見ながら、顧客が簡単に、そしてきめ細かくデザインできるようにする。そうすれば、アスカネットは仕上がったデータを受け取るだけで済む。顧客と電話や対面で相談し、全体構成やレイアウトを決めるといった作業が不要になる。

 レイアウト・ソフトの自社開発に踏み切ったのは別の目的もあった。アスカネットは、顧客から受け取った写真集データを、印刷機が処理できる形式に変換しなければならない。ページ構成を指定する「組版」や、パソコンと印刷機で異なる色域を置換する「CMYK変換」といった作業が必要だ。商業印刷では専任オペレータを置くことが多いが、同社はすべてコンピュータで自動処理することを考えた。

 そのためには、顧客から受け取るデータ形式が1種類に絞られており、その内部構造が正確に分かっていることが必要となる。この条件をクリアできれば、組版や色域変換などを一括で自動処理できる。だからこそ同社はレイアウト・ソフトを自社開発して顧客に無償提供し、このソフトでデザインしたデータのみ受け付けるようにしたのだ。「思い通りに写真集をデザインできるから顧客に喜んでもらえるし、当社は後工程の手間が省けるので一挙両得だ」(福田社長)。

 印刷後、ページをまとめてノリ付けしたり表紙をくるんだりする製本こそ人手の作業となるが(写真1)、工程全般の省力化の知恵でコストを大幅に引き下げることに成功した。

写真1●広島市にある印刷工場の様子
写真1●広島市にある印刷工場の様子
印刷後、ページをまとめてノリ付けしたり、表紙でくるむ作業は人手で対応。印刷上の不備がないか厳しい目でチェックする

 ビジネス・モデルが整い、本格的に商業化に踏み切ったのは02年のこと。最初に飛びついたのは、やはり披露宴を得意とするプロカメラマンだった。当日の様子を写真集に仕上げ、新郎新婦に売るビジネスがヒットしたのだ。すぐに口コミやネットで他のカメラマンにも噂が広がり人気に火がついた。

 海外からも問い合わせが増えたことを受け、現地の展示会への出展を足がかりに欧米などに代理店も設けた(写真2)。「海外、それに国内の一般顧客からの受注も増え、手ごたえは十分。さらに品質を磨き、この市場のトップ企業として磐石の基盤を整えたい」(福田社長)と意気込む。

写真2●海外の写真関連イベントにも積極的に出展
写真2●海外の写真関連イベントにも積極的に出展
欧米、アジアにも代理店網を拡充している。国内同様にインターネットで受注し、完成した写真集を代理店経由で配送する

事業破綻から学んだ教訓を生かし在庫を持たないビジネスを考えた
アスカネット 社長 福田 幸雄氏
アスカネット 社長 福田 幸雄氏

 1970年代、私は東京でアパレルの仕事をしていました。デザイナー兼経営者として、結構な規模にまで商売を伸ばしていました。ところが、ある百貨店での事業展開に失敗し、破綻したんです。大量の返品に囲まれて万事休す。この時、心に誓いました。もし、再び事業をやるとしたら、今度は在庫を持たないビジネスをやろうと。

 やむなく広島に戻り、アパレルのカタログ制作などで詳しくなっていた写真の仕事を始めました。貧乏暇なしで、結婚式から工事現場まで、仕事を選ばずに撮影に打ち込みました。

 元来、機械には明るい方で、80年代半ばになって一般化してきたパソコンもすぐに得意になりました。それで写真の仕事とパソコンを組み合わせて、遺影作成を手掛けました。故人の生前の写真から顔の部分を切り抜き、さらに別途用意した礼服の写真を重ね合わせて、葬儀にふさわしい写真に合成するんです。今でこそ写真合成は当たり前の技術ですが、当時は珍しかった。広島に手先の器用なヤツがいると噂になり、全国の葬儀社から仕事が舞い込むようになったんです。パソコン通信なども駆使して、頼まれたらすぐに遺影を仕上げることに努めました。写真の業界はすでに成熟していたと思い込んでいましたが、ちょっと視点を変えてみると意外なところに市場はあるものだと感じましたね。

 写真集ビジネスを思い付いたのも、この延長線上なんです。90年代の半ばになって写真のデジタル化、ネットの普及が同時に進行してきた。写真をデジタルで扱う自分のノウハウを生かし、しかも在庫なしで展開できるビジネスはないかと考えてみました。すると、アルバムや台紙に規定サイズの写真を張って保存するという昔ながらのスタイルが、急に陳腐に思えてきたんです。「既製」の枠組みを壊す視点で世の中を見てみる。そうしてひらめいたのが今の写真集ビジネスです。(談)

躍進のポイント

出典:日経コンピュータ 2007年10月1日号 184ページより
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。