本連載では,「意思決定の品質」を高めるために効果的な手法を紹介する。今回は第1弾として,良い意思決定のために不可欠な「フレーミング」のテクニックを取り上げたい。フレーミングとは,「そもそも何のために意思決定をするのか」「今ここで決めるべきことは何か」など,目的や前提事項を明確に設定し,関係者の間で共有することを指す。フレーミングに有用な2つのツール,「ビジョン・ステートメント」と「ディシジョン・ヒエラルキー」も紹介する。

宮本 明美
インテグラート 代表取締役社長


 何らかの意思決定をする際,そこに参画するメンバーの間で「目的」や「前提条件」などが噛み合っていなかったら,適正な議論はできませんし,議論そのものが収束しない可能性もあります。これは,極めて当たり前のことです。しかし,意思決定の現場をいろいろ見てきた経験から言って,意思決定の目的や前提条件をきちんと設定し,共有できていない組織が大多数と言えるでしょう。

 もし,意思決定の目的・前提条件が噛み合っていない状態で,“声の大きい人”の主張や,偉い人の“鶴の一声”で意思決定が行われれば,どうなるでしょうか。異なる目的・前提で別の案を考えてきた人々は,とても納得などできませんし,強引な結論の出し方に反発を覚えるでしょう。前回,こうしたトラブルを架空のA社のケーススタディとして紹介しましたが,このような例は決して特殊なケースではないのです。

 では,どうすれば意思決定の品質を高められるのか,その方法を考えていきましょう。詳しいことは後述しますが,まずはA社を舞台にした以下のやり取りから,大まかな方向をつかんでください。今回のポイントは,「今,決めるべきことをいかに的確かつ明確に設定して,共有できるか」ということです。

A社鈴木主任の思い◆メンバーが一丸となれる意思決定はできないのか…

 某日,大手化学メーカーA社の経営戦略会議で,富裕層男性向けの新ブランドを立ち上げる「新事業プロジェクト」に関して意思決定がなされた。コーポレートIT部の佐藤課長と担当事業部は,インターネット・チャネルのみを利用する「見直し案」を共同提案したが採用されず,“声が大きく”,“根回し上手”の田中本部長が推す「従来案」が採用された。会議から戻るなり,佐藤課長はがっくりと肩を落とし,愚痴をこぼし始めた。

「なぜ田中本部長は既存の販売チャネルにこだわるのか,理解できないよ。インターネットの方が有望なのに…」

 経営戦略会議の後は,いつも誰かが愚痴をこぼしていた。皆が納得できて,一丸となれるような意思決定ができていないことは明白だった。そう感じた鈴木主任は,ふと,先日参加したIT部門担当者の勉強会での話を思い出した。そうだ,あのとき聞いた「意思決定の品質を高めるための取り組み」という話が,ウチの会社に役立つかもしれない。鈴木主任は,早速,講師として招いたコンサルタントの高橋氏に会い,経緯を振り返りつつ相談を始めた。

「良い意思決定には,まず意思決定の“構図”を描くことが必要なんです。御社の会議では,それが欠けているのではないですか?」

 開口一番,コンサルタントの高橋氏はこう語った。“構図”とは,問題をどの角度から見るかを決めて,意思決定をする上で「重要なこと」と「重要でないこと」を整理することのようだ。この構図を作ることを「フレーミング」と呼ぶらしい。

「構図のない意思決定は,“ピントのボケた写真”のようなものです。焦点が定まらずに話が発散して,なかなか結論に至りません。人によって『何を重要視しているか』が異なるためです。結局,議論ばかりが長引いて,挙句の果てに『そもそも,こんなことを決めても…』なんて話になることもあります。鈴木さんも,そのようなご経験をお持ちではないですか?」

 鈴木主任は,以前,本部長のアシスタントとして参加した自社の経営戦略会議の様子を思い浮かべていた。参加者は思い思いの発言をし,意見は活発に出ていた。しかし,いつも明確な結論には至らず,結局時間切れで,権限を持つ人の意見が通っていた。高橋氏の話を基によく考えてみると,会議に参加するメンバー間で,決めようとしていることの捉え方がまちまちで,共有されていなかったように思われた。この話をすると,高橋氏は大きく頷いた。

「そうなんです。フレーム(構図)がはっきりしていないと,正しいと思う答えが人によって違ってくるのです」

 高橋氏は,身近な例を挙げてフレーミングの重要性を説いた。例えばマンションの購入を夫婦で検討していたとしよう。いつごろ買うのか,どのくらいの予算で買うのか,どんな間取りがいいのか,はたまた一軒家も検討対象になるのかなど,夫婦の間で共有されていないと,いつまでたっても購入物件を決められない。それどころか,仲違いの原因にもなりかねない。

「フレームの設定次第で,買うべきマンションは全く違ってきますよね。ですから,どういう目的でマンションを買おうとしているのか,購入の条件は何で,決め手とする基準は何なのか,事前に夫婦でよく話し合っておくことが必要なのです。これが意思決定で一番大切なことの一つです」

 高橋氏の説明で,鈴木主任のフレーミングに対する理解はさらに深まった。

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