もはや歴史の一こまになっていた、IBMと富士通の知的財産権を巡る紛争が25年ぶりに注目を集めている。紛争の当事者が秘密契約を締結するまでの水面下の交渉を小説の形で発表したからだ。25年前、この問題を取材していた北川賢一コンピュータ・ネットワーク局主任編集委員に、IBM・富士通紛争とは何だったのか、「経営とIT」サイトの谷島宣之編集長が尋ねた。

Y 先日、まだ発売されていない本の紹介記事(「IBM-富士通紛争の当事者が四半世紀ぶりに沈黙を破り、秘密契約締結に至る厳しい交渉経緯を出版」)を書く、という妙なことをしてしまいました。Kさんにとって、2007年のハイライトはやはり、この『雲を掴め 富士通・IBM秘密交渉』の出版でしょうか。

K 貴兄の紹介記事を読んで書店に飛んで行ったら、まだ入荷していなくて、翌日また書店に行ってようやく買った。一気に読んだよ。当時は「秘密契約」とか「秘密交渉」などと言われ、それこそ雲を掴むような“事件”だったけど、実によく事実関係を書いているものだと感心した。やはり当事者でないと、このように劇的、かつ臨場感あるようには書けないね。ただ惜しむらくは、IBM互換ビジネスの是非を25年経た現在、渦中にいた筆者がどう捉えているのか、その記述が欠落していたこと。そこが残念と思う。

Y あえて封印されたのではないかと思いますが。あの事件を取材していたKさんとしては何か書きたいところではないですか。

K 本の発売が11月16日、富士通とIBMの初の秘密交渉が11月22日と、執念を感じさせる当事者のあの人がせっかく口火を切ったのだから、当時必死であの事件を追いかけていた小生としても何かものにしなければと考えている。あの本に詳しい解説を書いている松崎先輩からも何か書けと言われたし。

Y 松崎さんは去年、日経コンピュータの創刊25周年を記念して、『初めて明かす、「IBM・富士通紛争」と徹底報道の舞台裏』という力の入った原稿を書いてくれました。Kさんも、「日本メーカーが米国に完敗した真因」という大作を寄稿してくれました。ぜひ、あの二つに匹敵する原稿をお願いします。

K 昔の資料を掘り出し、関係者の取材を始めたところだ。年内になんとか形にしたいと思っている。しかし、20年以上たった今でも関係者の口は堅いね。

Y 11月に強烈な本が出たわけですが、もう一つ、今年のハイライトとして、「富士通よ、プロセサ開発を止めるな!」、「再編は不可避、2010年に生き残るのは誰か」という強烈な対談記事がありました。Kさんと、ガートナーの亦賀さんに、サーバーメーカーの将来を占ってもらったものです。この対談で厳しく語られている日本メーカーの現状と、IBM・富士通紛争はもろに関係していますね。

K まったくだ。25年前のことを論評してもいかんのだろうけれど、富士通も日立製作所も、おそらく数千人規模の有能な人材を10年間以上も互換メインフレームの開発という、今振り返ると何も知的財産として残らない事業に費やしたかと考えると、なんとも空しい気持ちになるね。一方で、IBM互換をやったから2社は生き残っているし、技術も発展した。これも事実だと思う。

Y 厳しい見方として,10年くらい前、日立のある人が、「独自のコンピュータをすべて止め、IBM互換に絞ったことで、日立のコンピュータ事業の未来は無くなった」と述懐されていましたが、残念なことに本当にそうなってしまいました。

K 厳しい言い方を続けるなら、日本のIT産業は、あのIBM互換に手を出したが故に独創性を失い、今日のプロパテント時代に何も持たない幻の「IT立国」に成り下がってしまったのかな。せめて、IBM互換のハードウエアに留め置けばよかったものを、ソフトウエア互換に挑戦してしまった。しかも、まさにソフトの知的財産権が騒がれ始めた時代に。

Y プロパテントを打ち出したアメリカの国家戦略にしてやられたという側面もありますか。

K おおいにある。あの事件は、そのまま、プロパテントを国家戦略とうたった1985年のヤングレポートに引き継がれた。これに対し、日本政府は知的ビジネスに何の援護もできなかった。当時の通産省、郵政省、文化庁の縄張り争いの罪は重いね。

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