ビジネスモデル特許の成立要件は他の特許と変わらないが,プログラムで実現する発明なので新規性,進歩性の判断が難しい。これらを判断する上で重要になるのが「先行技術」の存在だ。

 1999年9月28日に,米アマゾン・ドット・コム(以下アマゾン)の「通信ネットワークによる発注の方法およびシステム」に関する特許(いわゆるワンクリック特許)が成立した。これは,オンライン・ショッピング・サイトでマウスを1回クリックするだけで,商品購入手続が完了する方法/システムについての特許だ。

 当時,米国最大の書店チェーンである米バーンズ・アンド・ノーブルの子会社,バーンズ・アンド・ノーブル・ドット・コムも,オンライン書籍販売システムで1回のクリックで注文できる「エキスプレス・レーン方式」と呼ぶ購入方法を採用していた。アマゾンは,ワンクリック特許が成立した日から22日後に,エキスプレス・レーン方式がアマゾンの特許を侵害しているとして連邦地方裁判所に訴訟を起こし,エキスプレス・レーン方式の使用差止めを公判(事実審理)前に予備的に命ずるよう求めた。

 訴えられたバーンズ・アンド・ノーブル・ドット・コムは,(1)アマゾンの特許はいくつかの先行技術から容易に思いつく自明な発明なので特許は無効,(2)エキスプレス・レーン方式がアマゾンに回復困難な損害を与えることはない――と主張。予備的差止命令の発令に反対した。

 しかし連邦地裁は,(1)バーンズ・アンド・ノーブル・ドット・コムが示した先行技術は,いずれも複数回のクリックが必要でありワンクリック特許とは異なる,(2)先行技術からワンクリック特許が容易に思いつけるわけではない――としてワンクリック特許の新規性と進歩性を認め,特許を有効と判断。そのうえで,バーンズ・アンド・ノーブル・ドット・コムに対してエキスプレス・レーン方式の使用差止めを命じた。

 これに対しバーンズ・アンド・ノーブル・ドット・コムは,連邦控訴裁判所に不服の申し立てを行った。連邦控訴裁判所は,同社が示した先行技術を詳細に検討し,その1つである米コンピュサーブのトレンド・サービスが,エキスプレス・レーン方式やワンクリック特許と同じ技術を用いていた,と認定した。トレンド・サービスは,消費者が株価チャートを1件当たり50セントの追加料金で購入できるもので,株価チャート注文画面が表示された後はワンクリックで株価チャートを発注できる。

 連邦控訴裁判所は「こうした先行技術がある以上,アマゾンのワンクリック特許は自明の技術として無効となる可能性がある」と判断し,予備的差止命令を破棄して事件を地方裁判所に差し戻した。(連邦巡回区控訴裁判所2001年2月14日決定,連邦控訴裁判所判例集第3集239巻1343頁)

 前回はビジネスモデル特許の成り立ちや概要について説明した。今回は,ビジネスモデル特許が成立する要件について解説したい。

ビジネスモデル特許の要件

 前回説明したように,ビジネスモデル特許とは,コンピュータ・プログラムで具体的に実現可能な発明に与えられる特許のことだ。ビジネスモデル特許の成立要件は他の特許と全く変わらない。すなわち,(1)新規性,(2)進歩性,(3)産業上の利用可能性という特許法上の3つの要件を満たす発明でなければならず,最初に特許申請した者だけが特許権を取得できる(先願主義)。

 とはいえ,目に見えないプログラムが対象なので,他の特許と比べて審査が難しいのも事実だ。そこで,特許庁では,プログラムで実現できる発明(コンピュータ・ソフトウエア関連発明)の審査基準や運用方針を何度も改定し,審査基準の明確化を図ってきた。

 特許庁が,「方法の発明」としてプログラムも特許の対象となることを初めて明言したのは1975年のことだ(コンピュータ・プログラムに関する発明についての審査基準)。次いで1988年には,OSのような基本ソフトも特許の対象となることを明確にした(コンピュータ関連発明の審査上の取扱案)。

 さらに2000年12月に改訂し,2001年1月10日以後の出願に適用している「コンピュータ・ソフトウエア関連発明の審査基準」で,(1)コンピュータ・プログラムを「物の発明」としても取り扱うこと,(2)コンピュータを利用してアイデアを実現するソフトの創作は発明に該当すること,(3)ITと特定の業界に関する知識を持つ者が容易に思いつく発明は進歩性がないこと――を明確にした()。

図●特許庁が2000年12月に改訂したコンピュータ・ソフトウエア関連発明の審査基準
図●特許庁が2000年12月に改訂したコンピュータ・ソフトウエア関連発明の審査基準
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先行技術調査の重要性

 冒頭に紹介したアマゾンのワンクリック特許を巡る裁判では,地方裁判所と控訴裁判所が正反対の判断を下している。訴えられたバーンズ・アンド・ノーブル・ドット・コムが示した先行技術に関する見解が異なったためである。先行技術(prior art)とは,発明前から公知だった技術を意味する。

 両裁判所とも,アマゾンのワンクリック特許の発明前から存在した商品注文システムや刊行物,Webページ,特許公報などを検討。その結果,地方裁判所はいずれの先行技術もワンクリック特許とは異なると判断し,控訴裁判所はワンクリック特許と同様な先行技術が存在していた,と判断したわけだ。

 これらの判例は,ビジネスモデル特許侵害に関する先行技術の重要性を示している。その発明が先行技術に全く存在しなければ「新規性」が認められ,先行技術から容易に思いつかない発明であれば「進歩性」(創作の困難性)が認められ,特許が成立する。その逆もまた真である。

 しかし米国の特許商標庁も日本の特許庁も,ビジネスモデル特許については十分な技術文献の蓄積がない。特許庁では現在,ビジネスモデル特許に関する先行技術のデータベースの充実に力を入れているものの,まだ時間がかかりそうだ。ITエンジニアは,このようなビジネスモデル特許の現状をきっちりと把握して日常の仕事にあたるべきだろう。

辛島 睦 弁護士
1939年生まれ。61年東京大学法学部卒業。65年弁護士登録。74年から日本アイ・ビー・エムで社内弁護士として勤務。94年から99年まで同社法務・知的所有権担当取締役。現在は森・濱田松本法律事務所に所属。法とコンピュータ学会理事
出典:日経ITプロフェッショナル 2003年4月号 126ページより
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。