阪神タイガースが,星野監督時代に掲げていたスローガンをご存知だろうか。「ネバーサレンダー」。「最後まで絶対にあきらめるな」という意味である。筆者は甲子園球場の近郊で育ったせいか生粋の阪神ファンで,セリーグ優勝を果たした2003年は狂喜乱舞したものだ。

 もちろん,阪神のスローガンなど他チームのファンや野球に興味のない読者にはどうでもよいことであり,ここで野球の話をするつもりは毛頭ない。「最後まであきらめない」という気持ちの重要性をITエンジニアに伝えるために,この話を引き合いに出した。単なる精神論ではない。SE,特にトラブルシューターの世界は,あきらめなければ必ず逆転できる世界だということをぜひ知ってほしいのだ。

 アクション映画では,コンマ何秒の差で大爆発から逃れるとか,なかなか開かないパラシュートが地面すれすれで開くといった,主人公が間一髪で危機を脱するシーンがよく出てくる。猛スピードで走る列車の屋根での格闘で主人公が不利な状況になり,「もう駄目だ」と思った瞬間,馬乗りになっていた敵役の頭がトンネルの入り口に激突して吹っ飛ぶ,なんてこともある。

 実はSEの世界でも,こういったことがよく起きる。特にトラブルシューターは,危機一髪から大逆転という事態にたびたび遭遇する。面白いことに,神様(悪魔?)のいたずらなのか,わざと危機一髪になるように仕組まれているとしか思えないケースも多い。

 例えばシステム障害が発生し,復旧までのタイムリミットが半日与えられたとする。「半日あれば余裕じゃないか」と気楽にやっていると,コンピュータが不調で思うようにデバッグできなくなったり,予想よりもはるかに難解なバグが見つかったりして,結局タイムリミット寸前に修復が完了する,なんて話はざらだ。時間的に余裕を持ってトラブルを解決できるケースなど,まずないと言ってよい。

 もちろん,与えられる時間がハナから少ないケースの方が多い。修復までのタイムリミットは30分。原因不明のまま,刻々と時間が過ぎていく。身体の筋肉が緊張で震える。「もう駄目かな」と思う気持ちを懸命に抑え,まだ10分ある,まだ5分ある,と言い聞かせる。そしてタイムリミットの1分前に原因が判明,わずか数秒前に修復が完了する。

 筆者にとってこんな体験は枚挙にいとまがないが,不思議と間に合わなかったことは一度もない。決して自慢しているわけではない。自らの体験から断言するが,あきらめなければ必ず危機は脱出できる。必ず奇跡は起きる。繰り返すが,精神論ではない。これがトラブルシューターの世界なのである。

 当然,あきらめてしまったら絶対に奇跡は起きない。「もう何をしても無駄だ」と思った瞬間に勝利の女神は去っていく。

 スポーツの世界では単なる1敗かもしれないが,障害修復が間に合わないという事態は,トラブルシューターにとっては取り返しのつかない惨敗を意味する。金融システムなら数億円の損害を出すかもしれないし,流通システムなら納期遅れで取引先や消費者に多大な迷惑をかける。交通管制システムなら,ダイヤの乱れで学生が入社面接に間に合わず一生を棒に振るケースも出てくるだろう。何よりトラブルシューター自身にとって,1度の失敗は信用失墜を意味する。だから絶対に負けは許されない。いつも背水の陣で臨まなければならないのである。

 だが,厳しいだけでなく,魅力のある仕事だということも分かってほしい。スポーツでは大量の得点差を残り1分でひっくり返すことはほとんど不可能だが,SEはどれだけ得点差があろうと気持ち次第で大逆転できるのだから。「ネバーサレンダー」。このスローガンを名実ともに生かせるのがSEの世界なのである。

岩脇 一喜(いわわき かずき)
1961年生まれ。大阪外国語大学英語科卒業後,富士銀行に入行。99年まで在職。在職中は国際金融業務を支援するシステムの開発・保守に従事。現在はフリーの翻訳家・ライター。2004年4月に「SEの処世術」(洋泉社)を上梓。そのほかの著書に「勝ち組SE・負け組SE」(同),「SEは今夜も眠れない」(同)。近著は「それでも素晴らしいSEの世界」(日経BP社)
出典:日経ITプロフェッショナル 2004年6月号 13ページより
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