「何かトラブルが起きたら民営・分社化できなくなる。それでもいいのですか」。郵政公社のIT部門では、吉本理事と間瀬理事が激論を交わしていた。社内ネットワーク「PNET(郵政総合情報通信ネットワーク)」の切り替え時期を巡って、意見が分かれたのだ。

 郵政公社は07年2月に「第四次PNET」の稼働を予定していた。第三次PNETが稼働した2000年以来、7年ぶりの全面刷新である。この計画の終盤でブレーキを踏んだのが、管理系システムを担当する吉本理事だ。

 理由はこうだ。2月は前述のとおり、郵政民営化法の附則第三条によるシステムの稼働判定を下す期限である3月1日を直前に控えている。万が一切り替えに失敗してシステムがダウンするような事態になれば、政府から10月の民営・分社化は延期すべきだと迫られる可能性がある。吉本理事は冒頭の発言に続いて、「3月以降に切り替えを延期するべきだ」と主張した。

 これに反論したのが、金融システム全体を管轄する間瀬理事である。「第四次PNETが2月に切り替えるのを前提に、63のシステムはそれぞれ開発プロジェクトを進めてきた。直前に切り替え時期を変更する方が、むしろリスクが高い」との言い分だ。

 間瀬理事の主張にも根拠があった。実は、10月の稼働予定で全面再構築を進めていた郵便システムが、第四次PNETでしか動かない仕様だったのである。ネットワークの刷新が完了しているのを前提に設計していたからだ。10月どころか、郵便システムのテストが始まる6月までには第四次PNETを稼働させなければならなかった。

 そもそも、第四次PNETの刷新は、民営・分社化に不可欠な「暫定対応」プロジェクトではない。7年ごとに迎えるネットワークの全面刷新が、たまたま暫定対応に重なったのである。

598億円投じた巨大プロジェクト

 第四次PNETの特徴は、すべての通信データをようやくIP化したこと。これまでは、貯金システムなどで「X.25」プロトコルによるパケット通信が残っていた。

 プロジェクトが始まったのは06年2月。郵政公社が国際調達にかけた「郵政総合情報通信ネットワーク構築の委託」を、野村総合研究所(NRI)が598億5000万円で落札した。過去5年間における郵政公社の単独調達額としては最高額の案件である。

 受注額を見ても分かるように、ネットワークの規模は巨大だ(図1)。データセンターや事務センターに配置する大規模ルーターだけで60台ある。郵便局用のルーターが約2万400台。局外のATMなどをつなぐルーターが1万4000台だ。ネットワークは、NTTコミュニケーションズのIP-VPNサービスを利用している。勘定系などに求められる信頼性を確保するため、「専用網」と「共用網」に二重化した。

図1●第四次郵政総合情報通信ネットワーク「PNET」の構成
図1●第四次郵政総合情報通信ネットワーク「PNET」の構成
勘定系データを優先して送信できる構成にしたほか、ネットワークをすべてIP化した
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 郵政公社で第四次PNETのプロジェクトを担当したコーポレートIT部門情報システム部の中野秀寿グループリーダーは、「郵便局のアクセス回線も、信頼性を高めるために二重化している」と説明する。さらに大規模郵便局では、2本の回線で通信会社を分けた。片方はNTT東西、もう片方はKDDIもしくはソフトバンクテレコムを利用している。

発注先の作業まで踏み込む

 第四次PNETのプロジェクト自体は順調に進んだが、切り替え直前の局面で、冒頭のように切り替え時期を巡る問題が浮上した。システム関係者の話を総合すると、民営・分社化対応でIT部門幹部の意見が最もはっきり分かれたのが、この局面だった。

 郵政公社のIT部門は、あらゆるリスクを想定しながら議論を尽くした。最終的に附則第三条の申請期限である3月1日を待たず、当初の予定通り2月に切り替えを始めることにした。

 その代わり、作業のミスを極力ゼロに近づけるため、郵政公社のIT部員がデータセンターを回り、「60台の大規模ルーターの確認作業などを自前でこなした」(中野グループリーダー)。本来なら、発注先のNRIが担当する作業である。だが、吉本理事は「郵政・民営化の成否にかかる重大な作業をベンダーに任せっきりにするわけにはいかない」と考え、中野グループリーダーをはじめとするIT部員に指示を出した。

 さらに、吉本理事は第四次PNETの切り替えに関するリスクを説明する経営層向けの資料を経営委員会に提出し、承認を受けた。IT部門と経営層がリスクを共有する体制を築いたのだ。

 万全の準備で臨んだ甲斐があり、第四次PNETの切り替えは、結果的に問題なく完了した。その後5月から、郵便局のネットワーク切り替え作業を段階的に進めている。ただし民営・分社化対応の関係で、10月1日の前後1カ月に相当する9月と10月の2カ月は切り替えをいったん休止する。11月に再開し、すべての郵便局が第四次PNETの接続に切り替わるのは08年11月の予定である。

出典:日経コンピュータ 2007年9月17日号 52ページより
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