本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

データに着目して情報システムを設計する手法「データ中心アプローチ」を再評価するユーザー企業が増えている。経営戦略に合致したシステムを,しかも素早く開発する具体策として,データ中心アプローチの分析手法が改めて有力視されているからだ。データ中心アプローチ手法を導入したユーザー企業3社の実例を基に,その今日的な役割を検証する。

 「一部の組織の合理化ではなく,経営戦略に沿って組織全体を横断するような情報システムを開発しなければならない。それには,ビジネスをきちんと解析するとともに,開発の上流工程において利用部門とシステム開発担当者のコミュニケーションを一層密接にする必要がある。その実現にはデータ中心アプローチが不可欠だ」。旭化成の情報システム子会社,旭化成情報システム(東京都中央区)の大関大喜常務はこう指摘する。

 オリエントコーポレーションのシステム関連会社である,グローバルフォーカス(東京都豊島区)の小見山昌雄開発事業部プロジェクトマネージャーも,データ中心アプローチを再評価する。「ビジネスに合わせて情報システムの開発をもっとスピードアップしなければならない。それにはアプリケーションからデータを独立させ,安定したデータ基盤を整備することが欠かせない」。

 データ中心アプローチの手法自体は古くからあり,ユーザー企業においても多くの実践例がある。しかし,ここへ来て,冒頭の2社のようにデータ中心アプローチに改めて注目する企業が増えている。経営戦略に合致したシステムを素早く開発・保守していくというニーズに,データ中心アプローチの中核をなす「E-R図(エンティティ―リレーションシップ図)」が大きな役割を果たすからだ。

 E-R図とは,企業内で使われている「データ(エンティティという)」とそれらの関係(リレーションシップ)を整理したもの。理想的には,このE-R図の通りにデータを格納すれば,データ項目の重複のないデータベースが出来上がる。後はこのデータベースにアクセスするアプリケーションを記述すればよい。

 「E-R図なら昔から描いている」というシステム・エンジニアは多いだろう。しかし,「せっかく作ったE-R図を有効に利用していますか」と問えば疑問符が付くはずである。例えば,分析フェーズでE-R図を描いても,報告書にとじてしまうと,後はだれもE-R図を見ようとはしないだろう。本来ならE-R図を詳細化してデータベースを設計すべきだが,データベース設計はE-R図とはまったく別の作業として進めていることも多い。

 このような問題を避けつつ,E-R図を有効利用するには,それなりのやり方と心構えが必要である。幸い,データ中心アプローチの手法は,ここ10年で着実に進化を遂げており,E-R図を描きやすく,かつ読みやすくなっている。ここでは,SDI(東京都中野区)の佐藤正美代表取締役が編み出した「T字形ER手法」を導入したユーザー企業3社の事例を紹介する。各社の取り組みを見ながら,データ中心アプローチやE-R図が果たすべき役割を探る。

事例(1)旭化成
上流工程の品質向上を狙う

 旭化成は1998年秋にT字型ER手法を採用した。システム子会社である旭化成情報システムは当時,旭化成の資材購入システムの機能強化を進めている最中だった。この開発の途中で,旭化成から二つの指示が出た。「Web技術を全面採用すること」と「T字型ER手法を導入すること」である。

 「開発の途中でT字形ER手法を導入したため,初めは戸惑いがあった」と旭化成情報システムの大関常務は振り返る。それでも旭化成情報システムは短期間でT字形ER手法を習得。250のエンティティからなる詳細なE-R図を作り上げ,その分析結果を基に2000年1月にはWeb技術を使った資材購入システムを稼働させた。

E-R図で業務の流れが見える

 一般にシステム開発の分析フェーズでは,業務の流れを分析するのに「業務フロー図」や「データ・フロー図」を利用する。これに対し,E-R図はデータの「静的」な構造を分析するために利用する。これが伝統的な考え方だ。

 だが,T字形ER手法などで描くE-R図は,そこから業務のおおまかな流れが見えてくる。その理由は二つある。一つは,E-R図が業務の「イベント」を意識して作成されているためである。

 T字形ER手法はエンティティを「リソース系」と「イベント系」に明確に分けて考える。リソース系のエンティティとは,「顧客」や「商品」,「従業員」など,経営リソースに関連したエンティティを指す。一方のイベント系エンティティとは,「受注」や「生産」,「出荷」など,「~する」と言い換えることができるようなビジネス上のイベントに関連したエンティティを指す。

 T字形ER手法の特徴は,E-R図の中にイベントを意識してエンティティを並べることだ。初めに,時系列に沿ってイベント系エンティティを左から右へ一列に並べる。関連するリソース系エンティティは,その上下の余白に配置する(図1)。

図1●業務の流れを表現するイベント系エンティティの例。旭化成は資材購入システムを機能強化するときにT字型のE-R図(エンティティ―リレーションシップ図)を作成。その中から主要なイベント系エンティティを抜き出し,内容や表記法を簡略化して整理した
図1●業務の流れを表現するイベント系エンティティの例。旭化成は資材購入システムを機能強化するときにT字型のE-R図(エンティティ―リレーションシップ図)を作成。その中から主要なイベント系エンティティを抜き出し,内容や表記法を簡略化して整理した

 こうすると,「受注」→「生産」→「出荷」というように,イベント系エンティティを目で追っていくだけで,仕事の流れが大筋で理解できるようになる。「利用部門の担当者がE-R図を見ながら,必要なデータがきちんと網羅されていることを確認できるようになる。従来,利用部門は画面や帳票といった入出力インタフェースの部分でしかシステムの内容を評価できなかった」(大関常務)。

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