著者:林 信行=ITジャーナリスト

 ここまでiPhoneの魅力や,アップルの優れたもの作りの姿勢を考察した。改めて見てみると,ユーザー重視のまっとうな開発姿勢だが,なかなかこれを実践できるメーカーがない。いったい,なぜなのだろう。今回はその理由を探りつつ,アップルに近い「モノヅクリ」を実現するために,日本の端末メーカーが乗り越えなければならないハードルをいくつか検証してみたい。

 携帯電話端末の開発に限っていえば,携帯電話で使うOSの見直しなど技術的な対策も考慮しなければならない。しかし,ここでは重要な第一歩となる会社の基本的な考え方の部分について考えていきたい。iPhoneのような端末を作るため,メーカーがまずやるべきことは,(1)事業の枠組みを見直すこと,(2)自身のアイデンティティに合った製品構想を作ること,そして(3)開発体制を見直すこと --- の3つになる。

事業の枠組みを考え直す

 「事業の枠組みを見直す」といっても,なかなかピンと来ないかも知れない。これは携帯電話端末メーカーはただ端末を作っていればいいのか,それだけではなく顧客を満足させたり,商品価値を高めたりするために他にも何かできることがあるのではないかという範囲を見直すことだ。

 多くの携帯電話端末メーカーは,携帯電話会社の下請けのような形で端末を作っている。携帯電話会社が認めてくれた製品を作ることが自分たちの仕事だと思っている。収益モデルも,販売方法も,携帯電話会社の提案を呑むばかりだ。そこには,イノベーションの余地はあまりない。

 ある部品メーカーからこんな話を聞いたことがある。馴染みの端末メーカーに,低消費電力かつ安価な新型部品が出て,世界的にも採用が進んでいると話した。端末メーカーの人はその価値を認めて採用を決めてくれたが,しばらくすると,「携帯電話会社に相談したら『NO』と言われた」と残念そうに断ってきたという。 結局それからしばらくしてから,同種のチップが端末に採用されることになったが,それは携帯電話会社の意向を汲んでのこと。他社の端末と横並びでの採用で,端末メーカーの優位性にはつながらなかった。

 別の部品メーカーは2005年末,「世界的に見て携帯電話は薄型製品の人気が高まっている」と,いくつかの端末メーカーに提案した。ところが,「今はそれよりも(携帯電話会社の意向で)ワンセグを搭載しないとならない」と,聞く耳を持ってくれない。しばらくすると,日本にもいくつか海外の(ワンセグ機能を搭載していない)薄型の携帯電話端末が入ってきて,これが高い人気を博すことになった。日本の端末メーカーは,海外製の薄型端末が人気になるまで,携帯電話会社に遠慮して薄型端末を作らなかった。こうした例は他にもいくつもある。

 携帯電話会社に言われた通りの基本条件を満たし,携帯電話会社が認めてくれた範囲で他社製品と差異化を図る。これまでもそれが当たり前だったし,それ以外の道はないと思っている端末メーカーの社員が多いかも知れない。しかし,それは日本の端末メーカーの話。各携帯電話会社が最近販売を始めている海外メーカー製端末には,必ずしも当てはまらない。海外では端末にどの機能を盛り込み,どの機能を削るか端末メーカーが判断するのが当たり前である。さらにその上をいったのがiPhoneで,アップルはiPhoneで携帯電話会社の領分と思われていた範囲まで事業領域を拡大している。

 例えばアップルは,iPhone専用の料金プラン(写真1)を用意しろとか,アップルストアでも販売すべきなど,携帯電話会社の領分と思われていた事柄に口を出している。もっとも,これはユーザーがどんな携帯電話端末を求めているのかを考えた結果の行為だ。ここで端末メーカーが,ユーザーを納得させることよりも,携帯電話会社を納得させることに目を向けてしまったのでは,本当に魅力的な端末につながる発想は生まれてこない。

写真1●AT&TのiPhone用料金プラン
写真1●AT&TのiPhone用料金プラン
アクティベーション時にiTunes上でプランを選択するときの画面。

 通信や放送といったライセンス事業者のいる業界で,「事業の枠組み」を再定義する場合,まず考えなければならないのがライセンス事業者との関係の見直しである。携帯電話では,携帯電話会社がライセンス事業者になる。自社の製品事業は「ライセンス事業者の関係の下にぶら下がっている」「自社はライセンス事業者の下請けだ」と捉えたのではイノベーションは生まれない。

 アップルのように最初に自社の魅力的な製品ありきで,携帯電話会社との提携は製品を引き立たせるための戦略の一つというように逆の見方をすれば,携帯電話会社との関係をどう保つべきか,正しい答えが見えてくるだろう。 同じ発想で,事業の収益モデルのあり方や,他の製品とのシナジーなども考えるべきだ。アップルはこうした発想を持っているからこそ,ユーザーが携帯電話会社に支払う基本料金からアップルに上納金をもらうというこれまでになかった発想を持ち,携帯電話会社に認めさせ,新しい収益の柱を生み出した。

 我々が今日思っている「この事業はこういうものだ」という概念は,多分にして過去の事例や成功体験を参考に作られた枠組みでしかない。本質的に優れたモノヅクリを目指すのであれば,そうした概念の土台の部分も切り崩せるだけ切り崩して,できるだけまっさらな状態から製品構想を練る準備をしなければならない。

この先は会員の登録が必要です。有料会員(月額プラン)は初月無料!

日経 xTECHには有料記事(有料会員向けまたは定期購読者向け)、無料記事(登録会員向け)、フリー記事(誰でも閲覧可能)があります。有料記事でも、登録会員向け配信期間は登録会員への登録が必要な場合があります。有料会員と登録会員に関するFAQはこちら