情報システムは良い構造を持っていて初めて,企業に活力を与え,企業の変化を加速させるための道具になり得る。良い構造のシステムを構築できる情報技術者を育成するために,体系的な研修カリキュラムを開発した。このカリキュラムは,ビジネス領域を分析してモデリングしシステム化要件を定義する能力や,情報システムのアーキテクチャを設計できる能力を身に付けることを狙ったものだ。

繁野 高仁

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 2000年10月1日,DDI,KDD,IDOの3社が合併し,新生KDDIがスタートした。合併の発表から10カ月あまり,天王山となるマイライン(優先接続制度)の開始を間近に控えて,情報システムをマイラインに合わせて統合することが最重要の経営課題であった。

 一般に,合併で最後までもめるのは人事と情報システムであると言われる。確かに,両方とも企業文化を色濃く反映しているため,短期間で融合させることが非常に難しい。こうした課題を踏まえ,情報システム部門の責任者として筆者が腐心したことは,情報システムに関する価値観の共有であった。

 言い換えると,「良い情報システムとは何か」という問いに対する回答について共通の認識を持つことである。我々は合併前から,勉強会や研修を通じて,自らの価値観を見直す作業を進めてきた。その過程で我々が痛感したことは,「良い情報システムを産み出すには,良い人材を育成するしかない」ということだった。

 人材がいなければ,いくらお金をかけたとしても,良い情報システムはできない。このことは我々,情報システム部門にとどまらず,日本のソフト産業全般にもあてはまると思う。日本のソフト産業は長らく,人材よりも人数を重視するビジネス・モデルにどっぷりとつかってきた。

 一人月100万円もとる人材に,1台1万円の机をあてがっている状況がそれを端的に物語っている。売上高がプログラマの人数に比例するようなビジネス・モデルでは,狭い場所に大勢のプログラマを詰め込んで質の悪いプログラムを大量に作成することが成功の秘けつである。

 質の悪いプログラムを作ると,ステップ数を稼げるだけではなく,メンテナビリティが悪いためにその後の保守工数も増加し続ける。メンテナビリティの悪いプログラムは,実際に開発した者でなければ手を入れることが難しい。したがって,開発したソフト会社は,確実に保守の仕事も受注できることになる。

 また,メンテナビリティが悪いプログラムは処理効率も悪いため,より多くのハードが売れることにもなる。このような状況は,ごみ箱がいっぱいになった時に,ごみを片付けずにもっと大きなごみ箱を売りつけるようなものである。こうした環境で,優秀なソフト技術者が輩出し,すばらしいソフトが生産されるとは考え難い。ITによる構造改革が期待されるなかにあって,はなはだ心細い状況ではないだろうか。

 筆者は,このような状況を招いた責任の一端は我々,情報システム部門にあると思う。我々が顧客として良い情報システムを評価できない限り,ソフト産業のビジネス・モデルを変えることは難しいのではないだろうか。

 以上のような問題意識から,情報システム部門のあり方と必要な人材,そして必要な人材を育成するための教育について考えてみたい。

情報システム部門の現状

 筆者はかつて,コンピュータ・ベンダーのシステム・エンジニアとして,さまざまな情報システム部門に出入りした経験を持っている。その後,縁あって DDIの設立に参画し,情報システム部門の責任者として仕事をしてきた。そのような経験に基づき,人材の面から情報システム部門の現状について述べてみたい。

 筆者の経験では,情報システム部門に配属された新入社員は一様に意外そうな顔をし,仕事についての不安を口にする。当社の本業は電気通信事業である。したがって,理科系の新卒者は通信技術者を指向し,文科系の新卒者は営業や経理,人事,総務などへの配属を期待する。正直言って,情報システム部門への配属を希望する人材は皆無に近い。

 当然,彼らは情報システム部門の仕事を前提とした教育は受けておらず,情報システム部門の仕事内容も全くイメージできない状態で配属されてくる。そのような新入社員でも,ユーザー部門とベンダーの間に入って忙しく飛び回っているうちに,それぞれの担当分野についてはいっぱしの顔ができるようになってくる。

 この間の教育はほとんどOJTで行われる。情報システム部門の先輩のやり方を見ながら,見よう見まねで覚えていく。必要に応じてベンダーなどが主催する教育コースに出席したりはするが,その内容は主として個別製品の使い方を身に付ける程度だ。

 つまり,彼らは情報システムに関する体系的な教育を受けていない。建築家でも医者でも弁護士でも,その道の専門家になるためには相当に体系だった基礎教育が必要である。ところが,ソフトは人類史上,最も複雑な創造物と言われているにもかかわらず,基礎教育を受けなくてもそれなりに仕事ができてしまう。

 これは,情報システム部門に限らず,ベンダーにおいても似たようなものである。筆者はシステム・エンジニアをしていたときに,随分とプログラムを作ったが,ビジネス・アプリケーションやミドルウエアを作るのであれば,学問的な基礎など不要であった。

 体系立てた教育を受けていなくても,客先に行けば,いっぱしのプロとして通用してしまうのである。筆者が,情報システムについて最初に問題意識を持ったのは,DDIに移り,情報システム部門の責任者としてしばらく仕事をしてからであった。最初のシステムをなんとか稼働させ,開発体制を徐々に縮小できると考えていたところ,予想に反してどんどん増強せざるを得ない羽目に陥った。

 確かに,電気通信事業の新参者として激しい競争環境にさらされた結果ではあった。だが,泥沼のようなソフトの開発と保守作業については大いに疑問を持たざるを得なかった。一般的にベンダーのエンジニアは,アプリケーションを開発できても,保守や運用についての経験は乏しい。

 ベンダーの立場からは,ユーザーから要求された機能を早く実現して次の仕事に向かう必要がある。一方,情報システム部門の仕事は,情報システムを完成させてから始まると言っても過言ではない。出来上がったシステムの保守や運用を通じて,経営に貢献することが情報システム部門の重要な使命である。

 このようにベンダーと情報システム部門の立場は違う。したがって,良い情報システムを構築するためには,情報システム部門自らが情報システムの作り方についてリーダーシップを発揮する必要がある。それには,情報システムの本質について,しっかりとした見識を持たなければならない。

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