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写真1●次世代PHSの実験でウィルコムが設置したアンテナ
写真1●次世代PHSの実験でウィルコムが設置したアンテナ

 ウィルコムのPHSは,モバイル・データ通信の分野で高いシェアを占めている。これはウィルコムが料金で完全定額制を採用していること,無線LANサービスのように通信エリアを点在させるのではなく,ほとんどのエリアで通信が可能であること,マイクロセルによってエリア内ではどこでも安定した速度が確保できることが大きな理由だろう。

 現在,ウィルコムが実験を進めている次世代PHSについても,これらの特徴を引き継げるシステムにしたいと考えている(写真1)。


現行PHSを引き継ぎ最大20メガに

 次世代PHSは,2005年に総務省が開催した「ワイヤレスブロードバンド推進研究会」の最終報告書(公開は2005年12月)で,広帯域移動無線アクセス方式の候補の一つとして位置付けられた。

 広帯域移動無線アクセスはIPレベルで常時接続し,瞬時に効率的な高速伝送ができるもので,自動車走行など中速程度のモビリティがあるものとされている。

 次世代PHSはこれらの機能を実現するほかに,以下の要件を満たせるように開発を進めている。
・最大速度20Mビット/秒以上を実現できること
・マイクロセル・システムで運用できること
・最適な通信チャネルを割り当てられる自律分散制御方式であること
・現行PHSとの設備共用が可能であること
・現行PHSからのマイグレーションが容易であること

 現時点で固まっている次世代PHSの主な諸元を表1に示した。

表1●次世代PHSの主な規格
表1●次世代PHSの主な規格

マイクロセル方式は現行PHSと同じ

 次世代PHSも,現行PHSと同様にマイクロセル方式での運用を前提としている。この方式の最大のメリットは周波数利用効率が高いこと。ワイヤレス・ブロードバンド・システムで料金定額制を実現するには,圧倒的な周波数容量が必要となる。

 次世代PHSではマイクロセルだけでなく,現行PHSが取り入れたアダプティブアレイ・アンテナ技術に加えて,MIMO技術を採用。周波数利用効率を格段に向上させることを目指している。

 しかもマイクロセル方式は,通信品質を安定させられるという側面を持つ。これは一つのセルの同時通話数が低いからだ。

 携帯電話などが取り入れているマクロセルでは,一つの基地局がカバーするエリアが広いため,加入者数の増加が同一セル内で発生する同時通話数の増大につながる。この場合,一つの搬送波(キャリア)を多くのユーザーがシェアすることになるので,ユーザー一人当たりのスループットはその分,低下してしまう。

 また,データ通信速度が高速になった場合,端末の消費電力が大きくなるという問題がある。基地局から端末の距離が短くて済むマイクロセル方式は,端末の消費電力を抑えやすい。データ通信速度を高めても,このアドバンテージがある分,マクロセル方式の携帯電話よりも消費電力の面で有利となる。

 次世代PHSではマイクロセル方式の運用によって,どこでも十数メガクラスの高速通信を確保し,かつ定額に近い安価な料金で提供できるシステムの実現を目指している。

 ただしマイクロセル方式は,マクロセル方式に比べて基地局の設置場所が多く必要になるという問題がある。ウィルコムの場合は既に設置済みの16万基地局を有効に利用できるものの,それでも郊外へのエリアカバーについては経済性を考慮する必要に迫られている。

 このため次世代PHSシステムはマイクロセルを前提とするが,セルの大きさについては現行PHSよりも柔軟性を持たせることを検討している。

変調方式にOFDMを採用

 次世代PHSでは変調方式としてOFDMの採用を計画している。OFDMとは直交周波数分割多重方式のことで,ワイヤレス・ブロードバンド・システムを実現するための重要な技術の一つである。既にデジタル放送や無線LAN,WiMAXなどで利用されている。

 OFDMは高速で広帯域を必要とするデータ信号を,低速の狭帯域なデータ信号に分割。これらをサブキャリアとして周波数分割して伝送するものである。

 通常の周波数分割では信号が干渉しないようサブキャリア間にガードバンドを設けるが,OFDMではオーバーラップしてもデータを復調できるよう,特別な条件の下にサブキャリアを配置して伝送する(図1の上)。複数のサブキャリアを一部重なった状況で伝送するため,限られた周波数帯域の中で効率よく信号を伝送できる。

図1●次世代PHSのフレーム構成
図1●次世代PHSのフレーム構成
現行PHSが5ミリ秒の電波を上り下りで1:1で分割しているのを踏襲。さらにOFDMA技術を使い,伝送したいデータにサブチャネルを割り当てられるようにした。[画像のクリックで拡大表示]

 サブキャリアは低速であるほどマルチパスの影響を小さくできるため,信号のエラー率を低減できる。ただしサブキャリアの数が増えていくので,装置や演算が複雑となる。次世代PHSのサブキャリア間隔については検討中だが,現在のPHSとのデュアル装置を想定して,例えばPHS端末で使われている水晶発振器の周波数,あるいは現行PHSのシンボル速度との整合を考えて決定する予定である。

 次世代PHSのアクセス方式には,OFDMをベースとしたOFDMA方式を採用した。OFDMAは,複数のサブキャリアをグループ化した「サブチャネル」ごとにユーザーを割り当てる。OFDMA方式のサブチャネルを,さらにTDMAによって時分割で複数のユーザーに割り当てることもできる。

 これにより,音声信号のように比較的容量が小さいトラフィックから大容量データ・トラフィックまで,効率のよい多重アクセスが可能となる。

セル半径拡大のためGTを追加

 現行PHSでは無線アクセス方式として4チャネル多重のTDMA/TDD方式を採用している。一つの電波を5ミリ秒ごとのディジタル信号フレームに分割。さらに上下1:1の2.5ミリ秒ずつに分割して,交互に送信/受信を繰り返す(TDD方式)。さらに2.5ミリ秒を4スロットに分割し,4チャネルの通信を時分割多重(TDMA方式)している(図1の下)。

 次世代PHSと現行PHSとを共存させるデュアル方式のサービスを提供する場合,TDDの上り下りの送信タイミングが合っている方が望ましい。装置の共用やシステム間でのシームレス・サービスの提供が容易になるからだ。

 このため次世代PHSのフレーム構造は,現行PHSと同じ5ミリ秒のフレームとし,2.5ミリ秒ずつの上下対称としている。

 ただしTDD方式における各基地局で上り下りのタイミングが一致していても,遠方の基地局からの伝搬遅延による干渉波を考慮する必要がある。次世代PHSシステムでは,郊外のセル半径を都市部よりも広げて,広い範囲をカバーできるよう設計する考えがある。このため,TDDフレームの上りと下りの間に一定のガードタイム(GT)を設定した構造としている。

TDDフレームはそのまま上下対称に

 上りと下りで同一の周波数を使うTDD方式では,上りと下りの時間比率を対称にする必要はない。むしろ上下非対称な時間比率に設定できることが特徴となっている。

 例えばインターネット・アクセスを考えると,上り方向よりも下り方向のデータ量が圧倒的に多い。このため,ブロードバンド・サービスを提供する場合,下りに多くの時間を割り当てる,非対称方式のシステムが多く提案されている。

 ただし次世代PHSでは,現行PHSとのフレーム構造の整合性を維持するため,1:1の上下対称を基本としている。このメリットは上りについても下りと同じ高速データ通信が可能となることである。

 今後ユーザーは,単に情報を収集するだけではなくなるだろう。自ら静止画や動画などの大容量の情報を発信するといった使い方や,ビデオ会議のように双方向で大容量の通信が必要なサービスが増えてくると予想される。こういったアプリケーションを使う際には,上りが下り並みに高速なシステムが有利となる。

平澤 弘樹(ひらさわ・ひろき) 
ウィルコム 執行役員ネットワーク技術本部長
1982年3月,早稲田大学大学院理工学研究科卒業。同年4月,郵政省に入省。88年,第二電電に入社し,セルラー電話の料金制度に従事。97年にDDIポケットに出向し,PHSの高度化に関する開発を担当した。2005年6月から現職。
出典:日経コミュニケーション 2006年3月15日号 134ページより
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。