Joostは,KazaaやSkypeの開発者として知られるNiklas ZennstromとJunus Friisの両氏が,新たに進めているインターネットTV事業だ(前編:国際競争に突入するITメディア産業)。現在はまだ試験サービスの段階だが,米国を中心にViacomなど巨大メディア企業からビデオ・コンテンツを取りそろえ,これをP2P方式でストリーミング配信している。今後は日本や中国など東アジア地域でのコンテンツ調達にも力を注いでいく予定だ。しかし日本のテレビ局から番組の供給を受けるのは,極めて難しいとの意見も少なくない。

 例えば,視聴率などの調査会社であるビデオリサーチで,テレビ事業局・メディア企画推進部長を務める尾関光司氏は次のように語る。

 「Joostが日本のテレビ局にも受け入れられる,と書かれた記事を読んだが本当にそうだろうか。仮に番組をインターネットで流すとしたら,それは自分(テレビ局自身)でやると思う。あるいは自社単独でやらないまでも,プレゼントキャスト(後述)のように自社も含めた同業者連合でやるだろう。『なぜあえて(Joostのような)第三者が構築したスキームに乗らなければならないのか?その理由は何か?』と日本のテレビ局から聞かれたときに,Joostは答えを用意できるだろうか。少なくとも現時点で日本のテレビ局にはその理由が見えないと思う」。

 日米のテレビ放送産業の伝統的な違いが,Joostに対するスタンスの違いとして現れると尾関氏は見ている。米国では,1970年に連邦通信委員会(FCC)が定めたFin-syn rules(financial interest and syndication rules)によって,長らく主要テレビ局自身による番組制作が禁じられてきた。つまりABC,CBS,NBCという当時の3大ネットワーク局は,他の会社が製作したテレビ番組を放送しなければならなかったのだ。Fin-syn rulesは1980年代に緩和され,1995年に廃止された。しかしその名残から,いまだにテレビ局は単なる放送ネットワークに過ぎない。つまり番組の著作権を持たないのである。

 では誰がそれを持っているのか。テレビ局を傘下に抱える巨大メディア・グループ,いわゆる「メディア・コングロマリット」である。あるいは象徴的に「ハリウッド」と言い換えてもいいだろう。例えばテレビ局であるABCの親会社はDisneyだが,彼らにとってABCとは自らが持っている映画やバラエティ,スポーツ番組など豊富な映像コンテンツを流すための一つのチャネルに過ぎない。そこにインターネットが加われば,メディア・コングロマリットは利益を最大化するために,条件さえ良ければちゅうちょすることなく,第三者が提供する配信サービスにも映像コンテンツを流すだろう。メディア・コングロマリットの一つである米ViacomがJoostと提携したのは,このためだ。

 これに対して,日本ではいわゆる在京キー局が(別会社に制作を委託するにしても)番組の著作権を保有するケースが多い。米国とは異なり,番組(コンテンツ)と放送ネットワーク(メディア)が分離していないのだ。つまり番組はテレビ局の「所有物」である。その所有物を,自らの基幹事業であるテレビ放送と競合するIT企業(Joost)に使わせる理由がすぐには見当たらないというわけだ。

インターネットと相性の悪いテレビ放送業界の“行動規範”

 そうした中で日本の主要テレビ局は,これまでにも何度か,インターネットを使った映像配信ビジネスに自ら乗り出している。2002年にTBS,フジテレビ,テレビ朝日の3社が共同で立ち上げた「トレソーラ」,2005年に日本テレビが開始した「第2日本テレビ」,さらには昨年,在京キー局5社と電通などの大手広告会社4社が設立した「プレゼントキャスト」などである。しかし,そのいずれもテレビ局が本気で取り組んでいる事業とは言いがたく,あまり宣伝もしていないせいか,一般の視聴者にはほとんど知られていないのが実情だ。

 日本のテレビ業界がインターネット・ビジネスに消極的な理由は,視聴者の関心がテレビ以外のメディアへと分散するのを嫌っているからである。その背景を,ビデオリサーチの尾関氏は次のように解説する。

 「テレビ業界,中でも(CATVや衛星放送に先駆けて最初に生まれた)地上波テレビ局の根本的な行動規範は『集中』,つまり,ある時間帯に最大の人数に見てもらうことだ。人間の気持ちに例えると,男女交際でクリスマスやバレンタインなど気分が盛り上がる瞬間がある。そういった要素を最も重視するのが地上波テレビ局の根本的な考え方だと思う。その最たるものが,ワールドカップのようなスポーツの生放送だ。その瞬間に起きていること,スタジアムの高揚感を一人でも多くの人々に伝えたい。また,そうした一大イベントに向けて視聴者の気持ちを盛り上げてゆく。それが地上波テレビ局の基本的な行動規範なので,インターネットのように『見たい時にいつでも見られる』とか『分散する(=多様な視聴手段を提供する)』というのは,テレビ局にとって違和感が強い。『なぜそうなのか?』と聞かれたら,それは『そういう行動規範で動いている人達だから』としか答えようがない」。

 こうした自らの行動規範を優先できるのは,テレビ放送産業がまだ,それほど差し迫った状況に追い込まれていないからである。近年の主要メディア産業における広告収入の推移(図1)を見ると,新聞広告の下落とインターネット広告の成長が顕著である。一方,テレビ広告収入の方は年ごとに若干の変動はあるものの,基本的に横ばい状態が続いている。

図1●主要メディアの広告売り上げの推移

 しかしここにきて,YouTubeに代表されるインターネット・ビデオが,急速に視聴者の可処分時間を奪いつつある(参考資料)。テレビ広告が,ネット上のビデオ広告に取って代わられる可能性も出てきた。日本のテレビ局もいずれ,否応なくネット・ビジネスに注力せざるを得なくなるだろう。

 その場合,どのような展開を経てテレビ放送業界の構造改革が進む(あるいは進まない)だろうか。これを予想する上で参考になるのが,テレビのような映像産業に先駆けてインターネットの洗礼を浴びた,音楽レコード業界とiTunesの関係である。

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