ノークリサーチ代表 伊嶋 謙二 氏 伊嶋 謙二 氏

ノークリサーチ代表
矢野経済研究所を経て98年に独立し,ノークリサーチを設立。IT市場に特化した調査,コンサルティングを展開。特に中堅・中小企業市場の分析を得意としている。

 「ITを企業戦略的に使う」ことがIT化の正しいゴールということを,疑う人はいないだろう。具体的には「売り上げが伸びる,生産性が高まる,経費が削減され収益性が高まる,経営指標などをリアルタイムで把握できる,販売チャネルが拡大する,高付加価値な製品やサポートを創造できる,優れたナレッジを共有・活用できる」。ざっとこんなところだろうか。CRMやSCM,ERPなどが代表的なソリューションだ。

 しかし実際には,「絵に描いたようなシナリオ」である。実現されているのは大企業の一部。中堅・中小企業にとってはITスキルやリソースに加え,大きな予算と時間の要する「戦略的ITソリューション」の構築が難しいことはいうまでもない。

 だが「ITを企業戦略的に使う」ことは十分可能だ。筆者の知り合いの企業は,「結果的にITが戦略的に活用されて」大成功している。従業員十数人の,いわゆる地場の事務機・文具店だが,WebによるECサイトを経由して,大幅に売り上げを拡大したのだ。方法は実に簡単。以前から販売していた中古PPC(複写機)をネット店舗で売るようにしたら,これが大当たり。いまや国内はおろか,海外からも注文が来ているという。

メリットをすぐに享受できるか

 この会社のネットワーク環境は注文受付用のパソコン数台のみ。自社のホームページはない。CRMやCTI,BI,ERP,グループウエアどころか,社員個人のメールアドレスすらない。請求書は手書きだ。それでもIT=Webをコアビジネスのツールとして活用しただけで,十分に「戦略的に使われた」ということになる。

 この教訓は能書きとしてのITより,「メリットをすぐに享受できるIT」がいかに重要かということ。「基礎固めをしっかりしたIT」の必要性を否定はしないが,多くの中堅・中小企業に必要なのは,既に導入されているITで「効果が可視化」できることだ。

 ITそのもので儲かるわけではない。まず売れる商品やサービスがあり,そこにITが用いられる。ITの活用が無駄な業務や作業,時間などを徹底的に削減するからこそ効果が出る。極端な話,ITなんか知らなくても構わない。「企業として何を持っているか,どうしたいか,コアビジネスは何か」を理解していれば,それで十分。この前提に立って使えるIT要素が何かを,「頼りになるSI企業,販売店,ベンダー」に伝えれば,ほとんど失敗はないはずだ。

 問題は,ベンダーや販売店から提案される場合の多くが「道具としてのITシステム」であり,経営の安定や向上を担保するものではないことにある。特に「中小企業」への企業戦略的な提案は,絶望的なほど少ないと思われる。売る側の論理は「手間ひまかけるなら大型案件,小さい商談にはパッケージ化された製品やサービスで効率良く販売」というものだろうから,ここに「戦略的なIT活用」の提案を望むのは無理な話だ。

 中堅・中小企業のIT部門や経営者は,企業戦略的なITという幻想(特効薬)を捨て,「コアビジネスあってのIT活用」という原点を忘れないことだ。そして販売店やベンダーをうまく利用することが重要だ。売り手側にとっては,中堅・中小企業にどう提案すべきなのかが問われている。

出典:日経ソリューションビジネス 2007年2月28日号 61ページより
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