日商岩井とニチメンが経営統合して2004年に誕生した総合商社の双日。中期経営計画を1年前倒しして達成するなど財務の健全化は急速に進んでいる。新会社発足から取り組んできたのがリスク管理の強化である。共通指標「SCVA」を導入し、リスクを計量できるシステムを構築してきた。リスクを抑える打ち手を事業部長が考えられる体制になった。

双日の本社ビル。成長領域と位置づけるガス油田。写真は、英国北海トールズガス鉱区のキルマーガス田のプラットフォーム
双日の本社ビル。成長領域と位置づけるガス油田。写真は、英国北海トールズガス鉱区のキルマーガス田のプラットフォーム

 「(仕組みを作るための)費用は気にしなくてよいから徹底してほしい」―。総合商社の双日が2004年10月にリスク管理企画室を設立した際に、室長となった米田晃康氏に土橋昭夫社長が伝えた言葉である。

 双日は2004年4月に旧日商岩井と旧ニチメンが経営統合して誕生した。だが、同社が置かれた当時の状況は厳しいものがあった。有利子負債が1兆5000億円あり、社債も格下げする信用機関が相次いでいた。株主をはじめとしたステークホルダー(利害関係者)からの信頼を回復するには、リスク管理を強化するために経営管理の仕組みを再構築しなければならなかった。

●有利子負債の推移
●有利子負債の推移

 その核が、連結子会社約600社を含めたリスクアセット(想定最大損失額)を計量できる「リスク計量統合システム」である。自社の体力とリスクアセットが見合っているかどうか分かる仕組み。

●リスクアセットの推移
●リスクアセットの推移

 リスク管理を強化できる仕組みを導入することで、リスクアセットは2005年9月に2850億円だったのが、2006年9月には2650億円にまで減少した。有利子負債も2004年には1兆5571億円だったのが、3年間で8644億円にまで減少した。「二度と同じ過ちを犯してはならない」という思いを抱いて始めた米田室長と情報企画部の赤司一郎部長による取り組みの成果だ。

●基幹システム導入により、リスク管理を強化
●基幹システム導入により、リスク管理を強化

共通の尺度で投融資を判断

 まず取り組んだのが、同社が中期経営計画で課題とした事業の選択と集中を支援する仕組み作りだ。そこで、事業の健全性を測るSCVA(Sojitz Corporation Value Added)というKPI(重要業績評価指標)を定めた。

 SCVAとは、当期純利益から、リスクアセットと資本コスト率(資金提供者が要求する収益率)を掛け合わせた数値を引いたもの。「この指標が使えるまでは、この分野ではうちがトップシェアだといった情報に頼らざるを得なかった」(米田室長)。しかしシェアがトップであっても事業の付加価値が低いこともある。2004年当時は、低採算事業が高収益事業よりも投下資本が大きくなっていた。SCVAを導入することによって、低採算事業の縮小が進んだ。石油・ガス権益や自動車部品といった成長領域に新規投融資を2000億円投入するなど低採算事業の経営資源を成長領域へ配分できるようになった。

財務には表れないリスク要素も反映

 SCVAを算出するためにまずは、2004年6月に稼働した基幹システムが必要だった。だが、貸借対照表と損益計算書(BS/PL)だけでは正確なSCVAは算出できない。さまざまな情報をいかに収集できるかがカギを握る。より詳細な情報を収集できる仕組みがリスク管理強化のためには必要だった。そこでSCVAを算出するため双日が構築したのが、リスク計量統合システムだった。このシステムには、事業の確実性・不確実性を推し量る情報を主に3つ取り込む必要があった。

 1つ目が、航空機や不動産などに対して「保全担保」があるかどうかの情報である。売掛金が回収不能となった場合に備えて、損害を被らないようにあらかじめ財産を押さえているかということだ。

 リスクを検討する2つ目の要素として取引先の与信情報がある。これは米田室長が特にこだわった点だ。双日は、世界中の取引先の資本関係を押さえてグループ化し、グループ単位で与信ができる機能を取り入れた。

 例えば、GEやトヨタ自動車のように世界的な企業との取引は、日本や米国の本社に加えて、海外各地の子会社や孫会社とも取引しているケースは多い。これらをまとめてグループで与信することで、リスクを判定する。これまでは資本関係が分からなかったため、それぞれ個別の取引先として扱っていた。

 資本関係により取引先をグループ化する変換テーブルを用意することで、グループ単位の取引高を算出できるようになった。調査機関ダンアンドブラッドストリート社の企業情報サービスを利用してテーブルを作り、企業名と住所を入力すれば資本関係に基づくグループ化ができるようになった。「主要な取引先の8~9割をカバーできるようになった」(米田室長)と話す。

 3つ目が、帳簿には表れていない事業が抱える取引の大きさである。契約形態は事業部が扱う商材ごとにバラバラである。中には、大まかな数量といった枠組みだけを決めて細かい条件はその都度決めるといった商品もある。例えば今後1年間で25万トン分購入する“約束”をしても、契約して起票している伝票は5万トン分だけであるといったことである。リスクを計量するうえでは25万トン分で計量しなければ正確に把握できない。取引の全容をつかむことが重要となるのだ。

●リスク強化するための情報の流れ
●リスク強化するための情報の流れ
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1カ月で事業部別に算出

 リスク計量統合システムは、モンテカルロシミュレーションと呼ばれる手法を採用している。不確実性のある要素を持つ数値の起こり得る範囲とその確率から弾き出される確率分布を用いた手法。同システムは、保全担保など3つの情報に加えて新興国のカントリーリスクなどを加味して事業全体で損失額(リスクアセット)が発生し得る額と発生確率分布グラフを求める。

 リスク計量統合システムを導入することで正確なばかりでなく、事業別の最大損失額を迅速に算出できるようになった。2005年9月にSCVAを算出した際には、同社全体のリスクアセットを算出してみたが、手作業で情報収集してパソコン用のデータベース・ソフトを用いて3カ月は要した。2006年3月からは決算を締めてからわずか1カ月間で事業部別にリスクアセットの速報値を出し、決算発表と共に株主やアナリストに示すことができる。「速報値といっても、2006年3月期の決算では、確定値(2600億円)と20億円しか差がない」(米田室長)とスピード化に胸を張る。

 2004年当時は利益から資本コストを差し引いた数値を事業の健全性を判断する指標に活用してみたが、実効性に乏しかった。2005年9月から始めたSCVAで、取引先の与信や担保の有無といった具体的なリスク要素を盛り込んだ指標を定めた効果は大きい。リスク軽減のアクションを事業部長クラスも考えられるようになったからだ。例えば担保を取ったり与信の低い企業やカントリーリスクの高い企業との取引の比重を抑えるといった具合である。実際、リスクアセットの数字は半年刻みで良化してきた。

 取り組み始めた2004年に比べて社債の格付けも上がり、「ようやくまともな企業としてアナリストからも見てもらえるようになってきた」(米田室長)と話す。「リスクとリターンのバランスも考えると、リスクアセットの低減は今の水準でほぼ落ち着いたと思う。自己資本に対してリスクアセット8割程度という水準を今後は守っていく」(米田室長)と話す。

契約のリスク管理を厳格化

 指標管理のほかにも、決裁の仕組みも強化した。それが双日独自の電子決裁システムだ。同システムは、決裁者が条件付きでOKした案件について、その条件が投資や契約締結までに本当に備わっているかどうか進ちょくを管理できる。

 例えば決裁者が要求する条件の例は、カントリーリスクの高い国に投融資する場合には保険をかけることであったり、複数の企業での合同プロジェクトであれば単独で撤退できる条項を契約書に付与するといった条件である。期日までに指定した条件が実行されていない場合は、担当者にメールで通知。担当者のうっかりミスを防ぐ。

 財務の健全化が一段落した今後は、日本版SOX法の施行をにらみさらにステークホルダーからの信頼感を高めていくことが赤司部長らの次の目標だ。現在、内部統制の観点からのリスクの洗い出しも進めている。リスクコントロールマトリクスを今年度中にまず本社で作成し、来年は関係会社へ横展開する予定だ。

●リスク管理するための強化策
●リスク管理するための強化策

出典:日経情報ストラテジー 2007年1月号 186ページより
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。