赤字を機に管理会計を導入

 そんな和井田製作所の売り上げが激減し、赤字に転落したのが2002年6月期だ。工作機械は需要の波が激しい市場だ。この時に和井田社長は「変化の激しい時代では、このままの体制だと生きていけない」とまでの危機感を抱いたという。そこで「売り上げが半分になっても利益を出せる体制」を目指して管理会計を導入した。

 会計システムを自社で構築し、利益管理体制を整えた。売り上げから変動費を引いた限界利益を受注した製品ごとに管理することにした。「将来のために赤字覚悟で売ることはある。大切なのはその赤字を知っていること。売ってから実は赤字だったというのでは駄目だ」と和井田社長は説明する。

 そのために個別製品ごとの変動費を把握するようにし、部門別の固定費は日次で管理するようにした。毎週月曜日、営業や生産、開発、アフターサービスなどの部門長クラスが参加する「利益管理委員会」と呼ばれる会議を開き、赤字の可能性が見えた段階で素早く対策を講じる仕組みを整えた。見積りや受注段階で製品ごとの最終的な収益を見通すことができれば、外注費を減らしたり、納品業者に価格交渉をしてみたりと様々な手が打てる。部門別固定費は毎日グラフにして部門長クラスにメールで配信している。

 「管理会計とは経営の『見える化』。社長の自分に状況が見えていなかったら手の打ちようがない」と和井田社長は管理会計の重要性を指摘する。管理会計を導入する以前の同社では製造原価は意識していたが、利益管理に対する認識は乏しかったという。この4年間で利益率は確実に上昇してきた。原価より利益を重視する意識が社内に浸透してきた証拠だろう。

社員による製品満足度調査

 「経営に王道や近道はない」と和井田社長は言う。こつこつとした日々の努力だけが成長を生むという信念があるからだろう。新製品の開発も偶然には頼らない。直接の対話を通じて顧客の需要を引き出し、自社の技術力を上げる直販方式に加えて、ここ数年はユニークな満足度調査を取り入れている。

 製品に対する満足度調査といっても顧客に問うわけではない。営業や開発、生産の各担当者がそれぞれ「自分が顧客だったら」という視点で製品を価格や生産性などの項目で10点満点の採点を行う。5点以下の項目については担当者が改善を考える。この満足度調査は年に2回その製品に携わった社員のほとんどを巻き込んで行っている。

 「自社製品に対する客観的な評価は大切だが、案外出ないものだ。例えば技術関係の社員は自社製品に対して評価が甘かったりする一方で、直接顧客と接する営業の社員はシビアだったりする。大切なのは双方がそのギャップを埋めるために話し合う場や材料を持つことだ」(和井田社長)。お互いに対する不満や要望をぶつけ合うなかで次世代機のアイデアや販売戦略が生まれてくる。各部署の担当者が製品について独りよがりの考えに陥ることを避けるものだ。この満足度調査も管理会計と同様、日々の社員一人ひとりの努力を生む仕掛けの1つだ。

●顧客の立場で製品ごとの満足度を評価
●顧客の立場で製品ごとの満足度を評価

海外進出を模索

 今年4月から5億7000万円を投資して、本社の敷地内に新工場を建設している。設立60周年となる10月には新工場が稼働予定だ。今後の課題は海外進出と新規事業の立ち上げだ。2002年に中国・上海に情報収集を目的とした事務所を設けている。今後は欧米で営業拠点を整備して、海外市場の開拓に力を入れる。新規事業としてシリコンウエハーなどを鏡面加工する半導体関連の研削盤がある。売上高全体ではまだ数%だが、戦略商品として育てていくつもりだ。


和井田 俶生 社長
わいだ ひでお氏●1940年東京生まれ。63年早稲田大学第一理工学部卒業。シチズン時計などを経て70年に和井田製作所に入社。95年に社長就任。今年9月に会長就任予定

飛騨高山から世界に向けて

 「高山市に本社があって不便ではないですか」とよく聞かれるが、そうでもない。今よりもっと不便なころは訪れる取引先が1泊せざる得ないので美しい自然を満喫してもらい喜んでもらっていた。高山市と東京都の面積は実は同じくらい。可能性は十分ある。コツコツ努力する飛騨人の気質にはモノづくりが向いている気がする。中国に進出する企業は多いが、「常に新しい価値をここから世界に向けて」というスローガンを掲げている。独自性のある製品をこの地で作り、海外にも売っていきたい。

 とはいえ優秀な開発者を確保するのは大変だ。株式上場によりブランド力が上がり、即戦力になる学生が地元にUターン入社してくれればと願っている。我々の世界では一人前の技術者に育つのに10年かかる。人材の育成とともに身の丈にあった成長を目指したい。

 管理会計を導入したのは社員に利益管理を意識させるためだ。上場と同じく、社員が目標を共有できる仕組みとなった。大きな契機となったが、作った制度をしっかりと守っていくことが肝心。私は今年9月に会長になる予定だ。後任社長は弟(光生取締役国際部長)が務める。私が社長になって10年たった。ワンマン体質になってきている。社員に新しい成長の絵を見せていくことが経営の大切な仕事だ。(談)


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出典:日経情報ストラテジー 2006年10月号 60ページより
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。