「ケータイでもパソコンと同じように,本物のインターネットが楽しめるように。なんでもできて,どこにでもいける,そんなインターネットの常識をケータイに」――。9月28日,ソフトバンクモバイル(説明会当時はボーダフォン)の2006年秋冬新製品・サービス説明会の冒頭に流されたビデオの一節だ。ソフトバンクモバイルが携帯電話戦略の中心に据えたのは,このビデオの一節が示す通り「インターネット」である。

写真1 説明会で新製品を紹介するソフトバンクモバイルの孫正義・代表執行役社長
写真1 説明会で新製品を紹介するソフトバンクモバイルの孫正義・代表執行役社長
(撮影:田中 昌)
写真2 ポータルサイト「Yahoo!ケータイ」を表示した新端末
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写真2 ポータルサイト「Yahoo!ケータイ」を表示した新端末

 この日,説明会場となったホテルオークラ最大の宴会場「平安の間」は数百人の報道陣と関係者でごった返した。これまでかん口令が敷かれていたソフトバンクモバイルの新戦略がついに明らかになる時が来たと誰もが思っていたからだ。ソフトバンクが言う“インターネットの常識”,つまり同社が世界一安価なブロードバンド環境を作り上げたのと同じような大胆な施策が携帯電話事業でも打ち出されるはず――。こんな期待感を抱いて固唾を飲んでその発表を見守っていた。だが,孫正義・代表執行役社長の答えは“予想外”。「我々は“大人のソフトバンク”であり,料金施策についてはこれから徐々に詰めていきたい」(写真1)と言うのが精一杯だった。

 9月28日に発表した新サービス(関連記事)は「インターネット」を前面に押し立てた。孫社長は,Yahoo! JAPANのサービスを携帯電話向けにカスタマイズしたポータルサイト「Yahoo!ケータイ」(写真2)が年末商戦の切り札であり,ソフトバンクモバイルの最も強力なサービスであることを強調。「株式情報やニュースなど,パソコンの世界ではナンバーワンのYahoo!のコンテンツを携帯電話でも使えるようにする。しかも全部タダで提供。コンテンツを利用するには有料会員登録しなければならないiモードやEZwebなどのビジネスを根底から覆す」と競合事業者のサービス名まで上げて,その優位性を強調した。

 ポータルサイト「Yahoo!ケータイ」には,同日発表した携帯電話端末(Windows Mobile搭載端末は除く)に備え付けた「Y!ボタン」を押すことでダイレクトに接続できる。一見,ユーザーはインターネットの世界に飛び出したかのように見える。だが実際はYahoo!JAPANのコンテンツを携帯電話用に作り直したもの。サード・パーティが手がけてきたコンテンツやサービスを,ヤフー自らが手がけるという囲い込み戦略にも見える。ユーザーは,Yahoo!ケータイからインターネットのサイトを検索できるものの,パソコン用Webサイトを閲覧できるフルブラウザ搭載の携帯電話端末が続々と登場する中,やや説得力に欠ける。

 大々的に「インターネットの常識をケータイに」とぶちあげたものの,携帯電話からのインターネット利用はまさに緒に就いたばかりである。ヤフーの井上雅博・代表取締役社長は,「Yahoo!ケータイは現時点としては携帯のユーザーが使いたいサービスに優先度を置いてスタートした」と説明する。「今の携帯電話のインターネットは10年前の(クローズな)パソコン通信の状況。ヤフーや他のコンテンツも含めて,インターネット的なサービスはまだまだ携帯電話で使われていないのが現実」だからだ。

 孫社長は説明の最後に「隠し玉の端末も2機種用意している」と発言。にわかに沸き立った会場だったが,孫社長の次のコメントで,あっという間に消沈した。「今日は内容は言えないが」――。あるアナリストは以前,ソフトバンクモバイルが打ち出すであろう新戦略に悲観的な見方をしていた。「秘策があったらすぐにでも発表してますよ。悠長に待てるほどソフトバンクモバイルの(加入者数などの)状況が良いわけではない」。

 ソフトバンクモバイルの状況は孫社長のこんな発言からも垣間見える。「大きな借金をして事業をスタートしている。“大人のソフトバンク”ということで,資金調達に対する金融機関等への配慮もしながらバランスよく経営をしていきたい」。大胆な施策を打てず最も歯がゆい思いをしているのは,これまで通信業界の風雲児としてならした孫社長本人なのかもしれない。

 「ソフトバンクモバイルは何か革新的なことをしてくれるはず」というユーザーの期待をこれからもつなぎとめることができるのか。10月24日のモバイル番号ポータビリティ開始まで1カ月を切った。

出典:日経コミュニケーション 2006年10月1日号
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。