NYKシステム総研(アメリカ)
テクニカルスペシャリスト
林 光一郎


 米国に「Consumer Report」という雑誌がある。メーカーやベンダーから中立的な立場で、消費者向けの各種の商品やサービスを比較するというコンセプトの雑誌で、定期購読者が40万人以上いるといった理由から、世論に強い影響力を持っている。この雑誌が主催する車の満足度調査などは日本でもしばしばニュースになっているようだ。この雑誌の2006年6月号に、ICタグのプライバシに関する特集記事が掲載された。

 特集のタイトルは「The end of privacy?」である。タイトルから想像される通り、ICタグ業界にとってあまり好意的なトーンの記事ではない。それは良いのだ。このような立場の雑誌が供給側の立場と対立することは当然だし、どんな場合にも「建設的な関与」ができるわけでもないだろう。この記事にはICタグ利用のメリットもきちんと記述されており、賛否が分かれそうな部分にはきちんとICタグ推進派のコメントが反対派・慎重派のものと並んで掲載されている。その意味では、ICタグ業界の立場に好意的ではないながらも公平さを心がけた記事といえる。

 それではこの記事には問題はないのか。筆者には、ICタグ技術と関連するプライバシリスクの全体像がきちんと伝わらないように思える点が気にかかった。例えば、この記事ではアクティブ型ICタグ(電池内蔵)とパッシブ型ICタグ(電池なし)、ICカードのすべてを取り上げているが、それぞれの特性は部分部分では正しく説明されているものの全体を通して読むと印象がごっちゃになってしまう。肝心のプライバシ問題についても、ICタグに書き込まれた情報の保護と、バックエンドのデータベースの保護、そしていわゆる個体識別の問題(固有IDにより人の行動が追跡されるなど)の区別があいまいになっている部分がある。また、一般への利用が強制されるとは到底思えないVeriChip(人体埋め込み用のICタグ)が写真入りで大きく扱われており、読者の不安をいたずらに刺激している。その一方で、消費者の立場からのきちんとした議論が必要と思われるような問題には、説明が省かれていたり、まったく取り上げられていないものがある。

 その結果、読後の印象は、個別のケースについてプライバシリスクの利害得失や対応方法を具体的に考えさせるというものではなく、ICタグ技術や業界についての漠然とした不信感や不安感をあおるものになっている。掲載号では巻頭の社説でもICタグのプライバシについて取り上げており、その結論は「ICタグによるデータ収集・利用への規制、そして誤った情報が登録された場合に備えたデータの閲覧・修正の権利を法律で守るべき」というものだ。特集記事のトーンからいって、この結論にならざるを得なかったのだろう。

 米国のICタグ業界による「ICタグは未成熟な技術であり、現時点で強い規制をかけることで可能性の芽を摘むべきではない」という主張は正論ではある。が、その主張を消費者に納得させるための活動を米国のICタグ業界が十分に行ってきたかというと、筆者は否定的だ。この特集記事では実質6ページのうち後半2ページを割いて、米国のICタグ業界がプライバシ問題を厄介物扱いしており、政府主導での急速な普及を進めるために天下りを受け入れるなどの活発なロビー活動を展開しているという内容を記述している。一面的だとは思うが指摘されている内容は確かに事実である。最近米国のICタグ専門誌「RFID Journal」のWebサイトをみても、個品へのICタグ付けに関する記事が増えてきているが、プライバシ問題に目を向けた記事は驚くほど少ない。

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