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技術再発見

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目次

  • NEWS --- 一人1台を実現したワークステーション

     「破格の価格性能比を備えたワークステーション」─。日経バイト1986年11月号の記事では,ソニーが開発した32ビットのUNIXワークステーション「NEWS(ニューズ)」をこう表現している。当時,米Sun Microsystems社のワークステーションが1000万円以上だったのに対し,NEWSの最上…

  • ATOK --- かな漢字変換をすべてのソフトに

     かな漢字変換ソフト「ATOK」は,2004年12月に発表したATOK2005でバージョン18となる歴史あるソフトだ。誕生は23年前。元となるソフトはジャストシステム創業から2年経った1981年に開発された。代表取締役社長の浮川和宣氏は,あらゆるアプリケーションにかな漢字変換機能を提供するプログラム…

  • PI-3000 --- 通信機能を先取りしたPDA

     PDAはスケジュール管理や個人情報管理という基本機能に加え,今では音楽・動画の再生もできるようになっている。シャープのPDA「Zaurus」はその草分け的な存在であり,モデム対応やカラー化など新しい技術を一早く採り入れてきた。最近では,4Gバイトのハードディスクを搭載する機種「SL-C3000」ま…

  • PM-700C --- “写真印刷”を初めて標榜

     エプソンのカラー・インクジェット・プリンタの歴史は1994年の「MJ-700V2C」から始まった。当時,カラー印刷の速度は遅く,その画質も写真にはほど遠い水準だった。そこで同社は,写真の印刷にも耐える画質を目指して「PM-700C」を開発した。企画や設計,画質調整,インク開発などに携わったのが,そ…

  • MN128-SOHO --- ルーターを個人向けの機器に変えた

     ADSLや光ファイバが登場する以前,家庭で使える高速回線として重宝されたのがISDNだ。このISDNをインターネットへのアクセス回線として家庭に普及させる起爆剤となった製品が「MN128-SOHO」である。BUGとNTT-TE東京(現在のNTT-ME)が共同開発した。開発に携わったのは,テクニカル…

  • PC-9801 --- 日本のパソコン“標準機”

     1980~90年代,日本のパソコン市場で群を抜くシェアを誇ったNECのPC-98シリーズ。その登場以前は,電子デバイスグループが半導体の拡販のためPC-8001やPC-8801といった8ビットパソコンを開発・販売していた。パソコンの売れ行きが予想以上に好調なことから,NECはパソコンをコンピュータ…

  • OASYS --- 誰もが使える思考の道具を目指した

     紙に鉛筆で文章を書くように,コンピュータに考えていることを打ち込んで文章を作る──。そのためには,誰でも簡単に日本語を入力できなければならない。これが日本語ワープロ「OASYS」の目標だった。開発を指揮したのは,現在富士通顧問の神田泰典氏。1970年代半ばといえば,新聞社の製版システムや戸籍登録な…

  • MSX --- 乱立する独自規格に一石を投じた

     パソコン規格「MSX」は,アスキーが開発し米Microsoft社が各メーカーにライセンスした8ビット・パソコンの統一規格である。テレビにつないで,プログラムが入ったROMカセットを本体に挿して使う。30代の知り合いのMSXユーザーに話を聞くと,小中学生の頃にゲームで遊んだと懐かしそうに話してくれた…

  • OS/2 --- Windowsのライバルだった本格的なマルチタスクOS

     かつてWindowsにはライバルと目されたOSがあった。米IBM社のOS/2である。もともとは米Microsoft社と共同で,MS-DOSの「次」を担うOSとして開発された。CPUのメモリー保護機能に対応し,マルチタスク処理を実現したOSである。ところが,Windowsにその地位を奪われ,市場から…

  • NetWare --- LAN普及の足掛かりとなった高速なネットワークOS

     ファイル共有は社内LANでは必須の機能だろう。ネットワークOSのなかでも,高速で安定した動作を実現して人気を博したのが米Novell社のNetWareである。Novellの総代理店だったワールドビジネスセンターで営業促進課長を務め,ユーザーに一番近い立場にいた人物の一人がパケットフロント日本駐在員…

  • 松 --- 事実上最初のパソコン用日本語ワープロソフト

     数あるPC-98用のソフトウェアの中でも,「松」は最初のヒット商品だという。機能はそれほど多くないが,軽快に動くのが特徴である。1983年当時,ワープロ専用機のソフトウェアは動作が遅く,スピードを重視した管理工学研究所の開発者は高速に動くソフトの開発が必要だと考えた。高速に文字入力ができる設計にし…

  • DynaBook J-3100 SS001 --- 常に持ち運べるパソコンの第一号機

     常に持ち運べ,価格も手頃なラップトップ・パソコンとして登場したDynaBook。その端緒は,1977年にさかのぼる。当時東芝で大型コンピュータ事業を率いていたモバイル放送の溝口哲也代表取締役社長は,マイコンキットの流行に目を付けた。まずデスクトップに置くパソコンを開発するが,製品化には至らず,次に…

  • PC-8001 --- 欲しいものを形にした“パソコン”登場

     日本で最初に市場を作り出したパソコンといえばPC-8001を挙げる人が多いだろう。海外では既に数社がパソコンを販売していたが,日本メーカーではNECがいち早く“個人がすぐに使える本格的なパソコン”を開発した。システムプラットフォーム研究所モバイルターミナルTGの加藤明部長,NECシステムテクノロジ…

  • QV-10 --- 「撮ってすぐ見る」新しい使い方を確立

     デジタルカメラ「QV-10」は,液晶一体型,不揮発性メモリーに画像をデジタルで記録,パソコンに接続して画像を移すことができる---という現在のデジタルカメラのあり方を打ち立てた。その意味で小型軽量デジタルカメラの元祖である。開発者であるカシオ計算機羽村技術センター通信事業部開発部の末高弘之部長は,…

  • CD-R --- CDとの互換性が最初の壁

     フロッピーに代わって多く使われるようになったCD-R。普及始めの頃は等倍速で,フルに書き込むには1時間近くかかったが,2003年には書き込み速度が52倍速にまで達した。価格も100円を割った。当時の常識を覆した開発の経緯や書き換えができないライトワンスだからこその意義を,太陽誘電 総合研究所基礎開…

  • CD(Compact Disc) --- デジタル録音への転換を成し遂げた

     今やCDは当たり前の存在だ。音楽を聞く,ソフトウェアをインストールするなど,日常生活のいろんな場面で目にする。さぞかし画期的なアイデアとして堂々と開発されていたのだろうと勝手に予想していたが,ちょっと様子が違った。CD開発は社内のなかではあまりおおっぴらにできたわけではなかったという。CD開発の責…

  • PC-98互換機 --- NEC独占に風穴を開けた

     1980年代後半から90年代前半まで,パソコンといえばNECのPC-98シリーズ。そしてその互換機として登場したセイコーエプソンの「PC-286」は,事実上NECの独占状態だった日本のパソコン市場の転換点となり,ユーザーに新たな選択肢をもたらした。98互換機「PC-286」の責任者の一人,当時の電…

  • DOS/V --- 海外製PCで日本語表示を可能に

     DOS/Vといえば,パソコンを使う人なら一度は見聞きしたことがあるだろう。DOS/Vとはいわゆる標準的なパソコンであるIBMの「PC AT互換機」に対応するOS。特別なハードウェアを使わずに日本語表示ができるというのがミソだ。DOS/Vを開発し,世に送り出した“生みの親”である日本IBM 開発製造…

  • 技術再発見---目次

     技術の知識を身につけ,実践力を養ってくると,痛感するのは昔のことを知らないということ。多分,最近コンピュータ技術に関わり始めた人は諸先輩の話を聞いて同じ思いをしているのではないか。そこで,歴史上重要なコンピュータ関連技術や製品の開発者に「今振り返って,あの技術はどのような意味を持つのか」を語っても…

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