「イーサネット」(Ethernet)は1970年代前半からずっと使われ続けているが,そのしくみは大きく変化している。開発当初のしくみは今ではほとんど使われていないが,イーサネットの名称はその開発当初のしくみに由来する。

 イーサネットはもともと,米ゼロックスのコンピュータ「ALTO」向けに開発されたLAN技術で,初めは「ALTO ALOHA Network」という名称だった。

 「端末間でパケットを高速にやりとりするしくみを低コストで実現する」という要件を満たすために,ゼロックスの研究員Robert M. Metcalfeが考えたアイディアは実にユニークだった。全端末を1本の同軸ケーブルにつないでしまうという発想である。

 パケット(今のMACフレーム)を送信する端末は,同軸ケーブルに信号を流す。信号はすべての端末に行き渡るが,実際にパケットの受信処理を進めるのは,あて先アドレスが自分と同じと判断した端末だけ。その端末のインタフェース・カードは,受信パケットのデータをホストのプログラムに受け渡す。

 こうしたしくみを使うことで,当時のパケット交換ネットワークとしては破格の約3Mビット/秒という高速伝送を安価な同軸ケーブル1本で実現できた。もちろん同軸ケーブルは“ネットワーク”と呼べるしろものではないが,個々の端末のホスト・プログラムから見れば立派なパケット交換ネットワークということになる。

仮想の伝送媒体「エーテル」から命名

 Metcalfeがこの着想を得たのは,ハワイ大学で開発された「ALOHA system」という無線通信システムだった。すべての端末が伝送媒体を共有する無線伝送の原理を有線伝送に持ち込んだというわけである。開発当初の名称は,このALOHA SystemとALTOから取られたものだった。

 Metcalfe自身は,この名前をあまり気に入っていなかった。画期的なLAN技術にふさわしい名前を付けるべくMetcalfeが考え出したのが,「エーテル」(Ether)である。光の実体が電磁場ということがわかる19世紀前半まで,光を伝えるのは空間のいたるところを満たしているエーテルだという仮説があった。彼は,この不思議な響きを持つ言葉が,全端末を共通の伝送媒体でつなぐというLAN技術の本質を的確に表していると考えたのである。

 Metcalfeは,エーテルを冠した「ETHER Network」を新名称に提案するメモを同僚に配布した。最終的には短縮されて「Ethernet」になった。

 エーテル自身の存在はとうの昔に否定されている。しかし,その名を受け継いだイーサネットは,あらゆるネットワークを満たす“媒体”として,今なおその存在感を示している。

出典:日経NETWORK2006年2月号「NETWORK博物館」 82ページより
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