図1  失敗には2種類ある<BR>行為の目的は適切だが,それを達成するための行動をよく意識せずに実行した結果,間違えてしまうのが「スリップ」。設定した目的そのものが間違っている場合が「ミステーク」である。米国の認知心理学者D. A. Normanが著書The Psychology of Everyday Things(邦訳:『誰のためのデザイン?』)の中で示している。
図1 失敗には2種類ある<BR>行為の目的は適切だが,それを達成するための行動をよく意識せずに実行した結果,間違えてしまうのが「スリップ」。設定した目的そのものが間違っている場合が「ミステーク」である。米国の認知心理学者D. A. Normanが著書The Psychology of Everyday Things(邦訳:『誰のためのデザイン?』)の中で示している。
[画像のクリックで拡大表示]
図2  失敗を防ぐためのデザイン&lt;BR&gt;失敗をする直前,したあとの両方で,事故などの大ごとにしないための工夫をする。ボタンにカバーを付けたり確認メッセージを表示したりすることで,人間にその行為を改めて意識させ,誤った操作を予防するのが前者の工夫。後者は,誤った操作をしてしまったあとに,元の状態に戻れるようにするというアプローチである。
図2 失敗を防ぐためのデザイン<BR>失敗をする直前,したあとの両方で,事故などの大ごとにしないための工夫をする。ボタンにカバーを付けたり確認メッセージを表示したりすることで,人間にその行為を改めて意識させ,誤った操作を予防するのが前者の工夫。後者は,誤った操作をしてしまったあとに,元の状態に戻れるようにするというアプローチである。
[画像のクリックで拡大表示]

 鉄道の脱線,管制システムのトラブル—。機械にまつわる重大な事故やトラブルがこのところ相次いでいる。その大きな原因となっているのが,人間の失敗だ。身の回りを見ても,特に自動車分野を中心に,人間の失敗をいかにカバーし,安心・安全を確保するかが大きなテーマとなっている*1

 To err is human(過ちは人の常)*2。これは不変の真理だ。だが機械が人間にとって優しいものになれば,人間の失敗や迷いを減らせる可能性はある。人間がスムーズに使えるよう機器を使いやすくするのが一つのあるべき姿である。一方,機器や周囲の環境が人間を見守り手助けする試みも始まっている。

スリップとミステーク

 失敗のメカニズムには,心理的な要素や人間工学的な要素が絡んでいる。米国の認知心理学者であるD. A. Normanは,基本的な人間の失敗をスリップとミステークに分けた(図1[拡大表示])。

 スリップとは,行為の目的や意図は正しいが,不注意により誤った行動をして,結果が目的通りにならないことを指す。例えば,頻繁に実行する別の作業に惑わされる(Normanは「乗っ取られる」と表現している)。取引先に電話しようとしたのに,気づいたら自宅の番号を押していた,というような失敗がこれに当たる。また機器が複数の操作モードを持ち,一つのボタンがモードによって異なる意味を持つために起こる間違いもスリップの一種である。携帯電話の文字入力モードを勘違いして,数字だらけのメールを作成してしまうのがこれに相当する。

 一方のミステークは,そもそも行為の目的や意図が間違っていて,それに従って行動した結果として,失敗を引き起こすことである。例えば機械の警告メッセージを大したことではないと無視したり,ある表示の解釈を間違えて現在の状況を誤解したり,といったものがある。その結果必要な対処をしない,あるいは無用な操作をする失敗が起こる。

 この8月に羽田空港で発生した,航空管制システムのダウンの原因もミステークだ。ダウンの直接の原因は,無停電電源装置への電力供給が何らかの理由で止まったこと。ただ電圧の低下を知らせる警報は出ており,本来は電源を切り替えて回避できたはず。しかし監視員は,警報を同日実施されていたブレーカの交換工事によるものだと思い込んでいた。それで異常に気づくのが遅れた。

機器設計のための二つの工夫

 機器設計の工夫により,人間が失敗しないようにする試みは以前から続けられてきた。「機器を使ううえでのユーザーの失敗は,ユーザーの責任ではない。ユーザーの目的や意図を十分に考慮した設計ができなかった設計者の責任だ」(ユーザビリティのコンサルティングを手がけるソシオメディアの上野学チーフ・デザインオフィサー)。

 そのために実施されてきた工夫は,大きく二つある。(1)操作手順の工夫で失敗をさせない,(2)人間にとって分かりやすく自然な設計をすることで間違いや迷いを起こさせない,である。

 比較的古くから取り組まれており,手法も確立しているのが(1)(図2[拡大表示])。人間の操作に対応する処理を実行する直前に確認して,間違いに気づかせるのもその一つである。逆に間違えてしまった後で元に戻れるようにする方法もある。

 前者は「間違いの一歩手前に,遮断機を置く」(慶應義塾大学理工学部管理工学科の岡田有策助教授)という考えに基づいている。例えば重要なボタンにカバーを付ける。取り返しのつかない重要な操作は実行前に確認する。操作の重要性を人間に喚起して,スリップを防止する狙いがある。

 ただ,それでも人は間違えてしまう。ファイルを削除するたび,「**を削除してよろしいですか?」と問いかけられると,それに慣れ,やがてうっとうしく感じるようになる。一つひとつの問いかけを気にしなくなり,想定とは違うファイルを削除しようとした場合も,深く考えず「はい」を選んでしまう。またミステークをしているときは,確認は意味をなさない。削除するファイル名をユーザーが勘違いしているような場合だ。最初からそれを削除しようとしているのだから,確認しても当然処理を続けてしまう。

 こうした場面に有効なのが,前の状態を復元できるようにする方法。例えば削除したファイルのバックアップをごみ箱に保存しておき,ユーザーがミステークに気づいたときには取り出せるようにする。またモードの取り違えのように,行動を実行したあとすぐに間違いに気づけるスリップについては,直前の操作の取り消し(アンドゥ)も有効である。同時に,システム側では「戻るボタンを押せばすぐに元の状態に戻れることを分かりやすくデザインに表現して,ユーザーに安心感を与えることも重要」(日立製作所デザイン本部 ユーザエクスペリエンスリサーチセンタの鹿志村香主任デザイナー)。

出典:日経バイト2005年9月号 28ページより
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。