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 前号ではDARPAプロジェクトのプログラムのアイデアが、軍の現場のニーズから生まれることについて触れた。今号でも引き続き、アイデアの出所について説明する。

 DARPAで最も重要な役割を果たす人材であるプログラムマネジャーは、様々なことを驚くほどよく知っている。いろいろな大学に行き、今、誰が何に取り組んでいるのかなどを徹底的に調べているからである。「DARPAは100人の天才が旅行業者で結ばれた組織」と評した人がいる。こうしたプログラムマネジャーの活動からアイデアが浮上する。

 また、DARPAは(主に大学の)研究者に対して、2〜3枚程度で「こういうテーマに取り組むのはどうか」というアイデアのレポート(ホワイトペーパーという)をプログラムマネジャーに送ることを奨励している。その中で面白そうなものは「シードリング(種まき)プロジェクト」として試し、筋が良ければ本格的なプロジェクトに仕立てていく。

 DARPAが開催する会議やワークショップで、アイデアを見つけるというやり方もある。今から45年前、現在のインターネットが出来上がるはるか前の1970年に開いた「ネットワークの使い方に関する会議」が良い例だ。そのアジェンダを見ると、計算機ネットワークが科学技術や経済、社会生活などにどう貢献し影響を及ぼすかについて、業界の有名人や一家言ある人を呼んで話をさせている。今見ても非常に興味深く示唆に富んでおり、その先見性に驚かされる。

 IPTO(Information Processing Techniques Office:情報処理技術室)、あるいはその後継組織IPO(Information Processing Office:情報処理室)が開催する「Summer Study」と呼ばれる会合も面白い。私も何回か呼ばれたことがあるが、大学や企業の研究者を集め、約1週間リゾート地に「缶詰」にして、いくつかのテーマごとに自由に議論させる。

 といっても、ありもしない話を発散的に議論するのではない。極めて具体的な議論を展開する。例えば、MEMS技術でタンポポの種のようなセンサ(ロボット)を作って飛ばすにはどうすべきかという話になると、どのくらいの電力が必要で、どう供給するかなどを皆でいろいろ調べて計算したりし、具体的な結果をレポートとしてまとめ上げる。こうしたレポートから新しいプロジェクトが設定されたことは何度もある。

賢人とも呼ぶべきベテラン研究者の活用も

 コンサルティング会社などからアイデアを得ることもある。日本とは違い、米国ではコンサルティングが非常に盛んだ。特にワシントンDCの周囲には、技術コンサルティングを専門にする会社や組織が多数あり、DARPAも利用している。

 面白いのは、そこには軍官産学出身の賢人(Wise man)とも呼ぶべきベテラン(Senior members)の研究者や実務者が多いことだ。米国にはこうしたSenior membersをお飾りではなく、実質的に活用する風土がある。彼らはDARPAの運営には直接参加しないが、プロジェクトに対していろいろなアドバイスを行う。DARPAはその中から出てきたアイデアをそのまま利用するわけではないのだが、Senior membersをアイデアのソースやプロジェクトの評価者としてうまく使っている。

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DARPAが主催して開催した災害対応ロボットの競技会「DARPA Robotics Challenge」の様子
(写真:日経Robotics)

 では、成功するプログラムマネジャーとは、どういう人なのか。まず、「Solid」な技術的な知識・知見を持っていることであるという。Solidは面白い単語で、「彼の技術的バックグラウンドはSolidだ」とは、「しっかりしているが、必ずしもトップではない、ものすごい専門家でもない」との意味合いがある。逆に言うと、専門家にありがちな「この分野はこうでなくてはならない」といった思い込みが少ないことが、プロジェクトを進める上でプラスに働くことがあるようだ。

 そして最も重要なのは、マネジメント能力である。事務的なマネジメントではない。人と働く・人を働かすためのマネジメントだ。これについては次回、解説する。(続く)

金出 武雄(かなで・たけお)
1945年生まれ。1974年京都大学電子工学科博士課程修了後、同大学助教授を経て1980年に米Carnegie Mellon University Robotics Instituteに移り、准教授などを経て現職。1991~2001年、同Institute所長。自動運転車や自律ヘリコプター、顔認識、仮想化現実などロボット工学・画像認識の世界的権威。
出典:日経Robotics 2015年12月号 p.28
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。