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 「新薬開発の研究開発コストを1/10に低減する」─。そんな野心的な目標を掲げてスタートしたロボットベンチャー企業がある。安川電機が出資するロボティック・バイオロジー・インスティテュート(RBI)だ。

 同社と産業技術総合研究所 創薬分子プロファイリング研究センターが10年来、バイオテクノロジーやライフサイエンス向けに開発してきたロボット技術を事業化するために2015年11月に発足した。

 RBIが手掛けるのは、製薬会社やバイオテクノロジー企業、各種研究機関などに向けたライフサイエンスの実験支援システム「LabDroid」である。ライフサイエンス分野の研究開発では、実験を成功させるためのノウハウやコツが暗黙知となっていることが多く、有能な研究者でも、そのコツを他者にも伝えられる形で可視化・定量化できていないことが多い。

 RBIのシステムは、こうしたライフサイエンス分野の実験を成功させるための最適条件を探索し、分かりやすく定量化することを目的としている。具体的には、双腕ロボットによる試行を通して、実験のパラメータや方法を変えながら多数のパターンを試し、最も成功したパターンの実験条件を記録する(図1)。見出した最適条件は、機械実行可能な状態で記述されているため、同じLabDroidを持つ他組織でもライフサイエンス系の実験を再現しやすくなる。

図1 有能な研究者の実験スキルと暗黙知をロボットでの試行で形式知化
バイオなどライフサイエンス研究では、有能な研究者が実験を行う場合でも手作業のバラつきなどにより成功率が非常に低いことが多い。RBIのシステムでは、パラメータを変えながらロボットで多数の実験を試行。実験が成功する条件を自動的に見出し、定量化する。
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 人間の研究者が行う際は、ノウハウやコツという言葉で片付けられがちだった実験の詳細手順(実験プロトコル)を、ロボットによる試行のログを通して定量的に形式知化することで、ライフサイエンス系の実験の効率や信頼性、再現性などを高める。「ライフサイエンス分野では、どのような条件が実験の成功に結びついたのか、研究者当人ですら説明できないことが多い。こうした不条理を我々の技術で減らし、ライフサイエンス分野の研究の底上げをしたい」(RBI 取締役CSOの夏目徹氏)。

 既に味の素や理研など国内の10組織がRBIのLabDroidを導入している。価格はロボット以外の周辺設備を含め、約1億円である。2017年には海外でも本格的に事業展開する計画である。

人間しかできないと思われていた

 実は創薬研究の分野では、数十年前から各種の実験作業を自動化する装置「HTS(high-throughput screening)」が存在している。例えば、ライフサイエンスの実験では、実験条件を細かく変えるために96個分の試薬用の穴が備わった「96ウエルプレート」という器具がある。

 人間が実験を行う場合、この96個分の穴にピペットなどで細胞や試薬などを1個ずつ注入する「分注」という作業を行うが、これを自動化する専用分注機などのHTS装置が既に市販されている。

 しかし、RBIの夏目氏によると、こうした既存のHTS装置は分注などの速度自体は速いものの、注入する試薬の量の精度はあまり高くないほか、信頼性も低く、チョコ停が多いという。市販されているのも、分注など特定の工程に特化した専用装置が多く、ライフサイエンス系の実験の作業全般を担えるようなものにはなっていない。「実験の成功条件を他の手段で見いだせた後であれば、高速な分注機の活用にも意味はあるが、そもそも成功条件を探る作業自体が、研究者の負荷になっている。LabDroidはその支援に向けたものだ」(夏目氏)。

図2 多数のバイオ実験に共通する20数種類の作業要素を共通化
RBIは、バイオ実験でよく出現する20数種類の作業要素を見出し、これらを組み合わせることで様々な実験を構成できるようにした。同社のロボット「LabDroid」では、この20数種類の作業を自動で実施できるようにしてある。人間が用いる道具や装置をそのまま用いる。
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 RBIの技術の特徴は、ロボットに詳しくないライフサイエンス系の研究者でも容易に扱えるよう、ほぼティーチングレスを実現している点である。LabDroidは、安川電機の15軸双腕ロボット「SDA-10」をベースにカスタマイズしたものだが(図2)、同ロボットに実験を指示する際、ライフサイエンス系の研究者は各関節などの細かい軌道計画や座標の指定などはする必要がない。「チップAに入った特定の試薬をXμL抽出し、それを別の試薬に混ぜる」といった、研究者が理解できる抽象度で手順(実験プロトコル)を指定すれば、LabDroidは軌道計画を含めて後の作業を自動で行う(図3)。