こうした抽象度の高い指示のみでタスクをこなせるのは、千差万別のライフサイエンス系の実験について、共通要素となる20数種類の基本動作をRBIがバイオ系の知見を基に見いだしたからである。遺伝子や細胞、タンパク質など多様な材料を扱うライフサイエンス系の実験であっても、「複雑なことをやっているように見えて、実は9割ほどの実験は、これら20数種類の基本動作の組み合わせによって構成できることが分かった。これが当社の技術の最大のポイント」(夏目氏)。

図3 バイオ研究者向けの教示画面の例
細胞などが入った液体を入れる容器(チップ)の単位で、実験の工程や手順を指定していく。
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 通常の産業用ロボットは、段取り替えをしない限り、単一の工業製品を一定の品質で連日、大量生産することがタスクである。タスクは半年以上など一定期間、繰り返し実施するため、システムインテグレーター(SIer)などに依頼し、コストを掛けてティーチングしても投資を回収できる。

 これに対し、RBIのLabDroidの場合、成功するかどうかまだ分からない研究開発上の仮説を、一連の作業を通して実際に確かめることに向けている。タスクはその都度、用いる材料や試薬の種類および量、対象となる細胞の種類、実験手順などがすべて異なる。試薬の量などのパラメータや実験の反応時間などについても、条件を変えて様々なパターンを試す。ものづくりの文脈で言えば、作業の都度、段取り替えをする必要がある超多品種生産のようなものである。RBIがティーチングレスを目指したのも、ライフサイエンス系の研究者がロボットに不慣れであるという理由以外に、タスク内容がそもそも多様過ぎ、ゼロからティーチングしていては非効率であるという理由もある。

専用治具を廃し人間の道具活用

 LabDroidでは、ライフサイエンス系の実験を行う際、専用の装置は極力不要とした。ライフサイエンス系の実験は多様なため、個別にティーチングを施していては非効率であるのと同様、実験の都度、専用の装置を製作したり改造したりするわけにはいかないからだ。どのような実験を行う際も、LabDroidが備える標準構成でほぼ対応できる。

 具体的には、人間の研究者が用いる装置をLabDroidではそのまま採用した。装置のボタンや蓋なども、人間が操作するのと似た動作で操作する。試薬を吸い出すピペット、吸引するアスピレータ、分注用の96ウエルプレートやチップ、チップ内の試薬を混合させるボルテックスミキサー、遠心分離機、冷却用の冷蔵庫などから成り、すべて人間用の装置・器具である。

 双腕型を採用したのも、治具の製作を不要とするためである。単腕のアームで人間が行うような細かい作業を実現しようとすると、どうしても専用の治具が必要となるが、双腕型であれば、反対側の手が治具のような役割を果たす。片方の手で特定の試薬やシャーレを持ち、もう片方の手で別の試薬を混ぜたり、抽出したりといった動作を実現しやすい。ハンドについては、SMC製の2爪電動グリッパを採用した。人間は、ピペットのシリンダーを親指で押すが、同グリッパでは自由度が足りないため、ロボットの外部に専用治具を設け、ロボットがピペットのシリンダーをそこに押しつけて操作するようにした。

研究者の経験から探索範囲を設定

 LabDroidを用いた実験の成功条件探索は次のようなものである。まずは、研究者の実験の様子や手順などを記録する。ただし、ライフサイエンス分野では、研究者の誰もが同じ実験を再現できる訳ではなく、難易度の高い実験については、特別なスキルを持つ一部の研究者しか実施できない場合がある。こうした研究者は「神の手」を持つとして珍重される。LabDroidで探索を行う際は、こうした人物の経験を基に実験の手順やパラメータを決める。

 ただし、神の手を持つ研究者であっても、自分の作業のどの部分が具体的に実験の成功に結びついているか、すべて定量的に説明できる訳ではない。例えば、自らが所属している組織での実験ではうまくいっても、場所を変え、他組織の実験室で再現しようとすると、普段と環境が異なることから、ピペットの角度や残渣の度合いなど微妙なバラつきが発生し、成功しないことがある。

 このため、LabDroidで探索する際は、人間の研究者が指定したパラメータを中心値とし、そこから一定の探索幅を持たせた形でロボットが試行を行う。人間が作業する際は、ピペットを押す際のトルクや微妙な角度、各動作に要した時間などは高精度には記録しにくいが、ロボットでの試行であれば、これらデータをセンサにより計測し、すべてログとして記録できる。多数のパターンの試行の結果、最もうまくいったパターンの詳細条件を次回から採用すれば、ライフサイエンス実験の成功率が大幅に向上する、というのがLabDroidのミソだ。

 産業用ロボットのSDA-10をベースとした機体であれば、繰り返し精度も高いため、本来実験として変化させたいパラメータ以外は、バラつきは少ない。人間の研究者に各種センサを装着して、そのログを取得することも可能だが、その場合、探索範囲として変化させたいパラメータ以外も、人間の動作の不確実性により変化してしまうため、実験条件の効率的な探索とはなりにくい。

2年間不成功の実験を1カ月で

 LabDroidによる実験条件の探索は、ライフサイエンスの分野で成果を出し始めている。