ショッピングモールに「介護」ののれんを掲げたワケ

佐々木麻希氏 ポポ・ケセラセラ 取締役

2018/10/15 10:00
伊藤 瑳恵=日経デジタルヘルス

 JR姫路駅から徒歩10分弱のところにある「イオンタウン姫路」。その一角に、ドイツ風のカフェをコンセプトにしたおしゃれな佇まいのテナントがある。

 実はここは、短時間型のデイサービスを提供するスタジオだ。通所介護を行う場所だと思わずに、通りかかった人がカフェと間違えて中に入ってくることも一度や二度ではない。

 この事業を仕掛けているのは、ポポ・ケセラセラ。同社の取締役を務める佐々木麻希氏は、2人の祖父が認知症を患ったことをきっかけに介護に関心を持ち、コピーライターから介護業界に転職した経歴を持つ。

 多くの地域住民が集まるショッピングモールにのれんを掲げた理由とは。同氏に聞いた。

ポポ・ケセラセラ 取締役の佐々木麻希氏(写真:今紀之、以下同)
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(聞き手は伊藤瑳恵=日経デジタルヘルス)

――なぜコピーライターから介護業界に。

 もともとは、ポポ・ケセラセラの親会社であるケセラセラでライターとして働いていました。仕事にもようやく慣れはじめた頃、祖父の認知症が急速に悪化。徘徊時に転倒したことをきっかけに、祖父は残りの人生を病院のベッドで過ごすことになりました。

 病床に伏してからの祖父の生活は、何もかも一変しました。私がお見舞いに行くと、手足を紐で縛られていることもありました。「認知症で点滴を抜いてしまうから仕方がない」という医師の言葉に、家族は黙ってそれを受け入れることしかできませんでした。拘束によって皮膚がめくれた痛々しい手首を「痛いね、ごめんね」と言いながら優しくさすっていた祖母の姿が、今でも忘れられません。

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 ただ、私にとってこれは初めての経験ではありませんでした。実は、母方の祖父も私が中学の頃にまったく同じ状況で亡くなっていたのです。喉を切開され、骨と皮だけになった大好きな2人の祖父の最期は、自らの意思で生きているというより、生かされているという印象でした。

 ちょうどその頃、仕事で取材に訪れた会社で、現在ポポ・ケセラセラのCOOを務める齋藤清昭と出会い「自立支援介護」という専門性の高い介護とパワーリハビリテーションという高齢者に効果的なリハビリテーション手法があることを知りました。当時の祖父が置かれていた環境とはあまりにもかけ離れたポジティブな概念と手法に、大きな感銘を受けました。

 自立支援介護とパワーリハビリテーションについて知るうちに、「もし私がこの専門性をもっと早く学んでいたら、おじいちゃんはあんな死に方をしなかったのかもしれない」という気持ちが沸き上がり、それまで歩んできたキャリアを捨て、思いきって取材先のデイサービスに介護職員として転職しました。

 その後、ケセラセラの社長から「デイサービスでの経験を生かし、ケセラセラが持つデザインの力を武器に、介護業界を一緒に変えていかないか」という提案を受け、齋藤とともに2017年9月にケセラセラの子会社として人の健康にまつわる事業を展開するポポ・ケセラセラ株式会社を立ち上げました。

――どのようなサービスを展開しているのですか。

 イオンタウン姫路内にあるスタジオでは、時間を分けて3つのサービスを展開しています。

 第1が、短時間デイサービス「保険デ」です。ここでは要介護1〜5、要支援1・2の方を対象に介護保険を利用できるパワーリハビリテーションを中心とした機能訓練を行っています。一人ひとりの課題や目標に合わせ、生活動作を改善するためにマシントレーニングや個別訓練などを実施します。

 第2が、自費で利用してもらう運動教室「自費デ」です。スタッフの介助がないと不安な方や、さまざまな事情によって介護保険が使えない、使いたくないという方を対象に機能訓練に特化した、いわば介護保険外のミニサービスです。90分で必要な機能訓練だけを気軽に受けられるのが特徴です。

「自費デ」の様子
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 そして2018年9月1日から新たにスタートした第3のサービスが、誰もが気軽に、買い物ついでに日頃の運動不足を解消できる500円フィットネス「自分モ」です。これは、保険デや自費デに通われている利用者家族の声から生まれました。普段は“介護する側”である家族にも、健康について考える時間と空間を提供したいという思いから始めた取り組みです。

 自分モは、最近スタートしたばかりですが、保険デや自費デの利用者様の家族だけでなく、ショッピングモールを利用する一般のお客様にも利用していただいています。

――なぜ、ショッピングモールという場所にのれんを掲げたのでしょうか。

 ショッピングモールは社会とのつながりを感じるさまざまな要素が集約されているからです。デイサービス事業所の多くは、経営戦略上、郊外に立地しています。立地せざるを得ない、という言い方のほうが正しいかもしれません。

外観の様子
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 プライバシー保護という観点から、中の様子は外から確認できず、閉鎖的な空間になっていることも多いです。一概にそのような現状を否定するわけではありませんが、そうした人目を避けるような環境が結果的に高齢者を社会から遠ざけているのではないか、と率直に感じていたのです。自立支援のためのデイサービスが、むしろ社会から遠ざける要因になってしまっているのではないか、という疑問も感じていました。

 一方、ショッピングセンターには五感を刺激するさまざまなエリアが存在します。普段関わることが少ない若い世代の人を見る機会も多く、スタジオから一歩外に出れば社会との接点を持つきっかけがゴロゴロ転がっています。

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 通りすがりの人が外からスタジオを覗いている姿や、デイサービスの送迎の際に利用者がモール内の駐車場を列を作って歩く様子というのも、今ではすっかりイオンタウン姫路の日常風景となっています。

 そして、ショッピングモールは“実践の場”としても活用できます。実際にある長い階段や高さの違う椅子を活用することで、その場に必要な動作をその場で体感しながら習得できるというのも魅力です。

 いくらデイサービスで機能訓練を行っていても、実際にショッピングモールなどの大きな施設にひとりで出かけるイメージを持てる人は少ないと思います。私たちは、利用者が自宅から一歩外に踏み出し、社会とのつながりを持つきっかけを提供したいと思っています。そのためにも、この環境は必須でした。

 また、介護で悩む家族から「介護保険やデイサービスを利用したいけど、どこにどう相談すればわからない。ここは入りやすい」という声や「親にデイサービスを勧めても、嫌がって見学にも行こうとしないが、ここなら誘いやすい」という声も多く届きます。これもショッピングモールに出店した大きな狙いです。

――事業を立ち上げるに当たって難しかったことは何ですか。

 地域に「デイサービス」として認知していだだくまでには予想以上の時間がかかりました。というのも、親会社のケセラセラは介護とは畑違いのデザイン会社であり、介護事業者としてはまったくの“新参者”だったからです。

 工事の遅延により、事業所の認可が下りる目処がつくのも当初より遅れてしまい、居宅事業所へのご挨拶が遅れたことが重なったことも原因です。とある同業の方からは、「ケアプラン事業所を併設せずにデイサービスをいきなり出店するなんて、随分無茶をしますね」と言われたこともありました。

 それでも、目の前の利用者に全力で向き合う当社の取り組みは、徐々に口コミで広がっていきました。利用者とその家族からの評価も合間って、徐々に信頼を寄せてもらえるようになったと実感しています。今では、ほぼ毎日のようにケアマネジャーから問い合わせをいただいています。

 特に印象的だったことは、ポポ・ケセラセラに通う利用者を担当していたあるケアマネジャーが、自身の家族を通わせたいといってくれたことです。地域のあらゆるサービスを見てきた人が、自分の大切な家族を通わせようと思ってくれたことは、当社が地域で認められたようで嬉しかったです。

――時間を分けて複数のサービスを提供するのはなぜですか。

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 当面の売り上げを優先するのであれば、介護保険サービスのみを運営する方が安全だとは思います。正直、自費サービスの時間帯そのものは、しばらくは赤字での運営が続くと思います。

 それでも、確かな需要がある介護保険外のサービスを提供したかった。介護保険が使えない人や親の介護で自分の時間を確保できない人たちの“駆け込み寺”のような存在になるために、質の高い機能訓練の場を継続しやすい価格で提供することも譲れませんでした。

 介護保険を使ったサービスを提供している時間帯に、自費でサービスを利用してもらう場合、保険利用者と同等の1回4000〜5000円の利用料を設定せざるを得ません。こうした事態を回避するために、ポポ・ケセラセラでは介護保険を利用したサービスと自費サービスを提供する時間帯を完全に切り離しています。これによって、1回2000円、送迎付きでも3000円の価格を設定できました。何よりも手軽に利用できることを優先したかったのです。

――現在の保険制度では介護度が上がるほど手厚いサービスが受けられます。

 ポポ・ケセラセラのスタジオに通ってくれる利用者からも、「(要介護から)要支援になったら、週1回しか通えなくなるからしんどいふりをしている」という声が聞こえてきます。悪く見られようとして頑張るなんて、本末転倒です。でも、それが現実です。

 今の国のルールで要介護高齢者の意識を変えることは、正直とても難しいです。かといって「健康になろうよ!」というような元気の押し売りはしたくないので、介護保険制度そのものを「元気になりたい」と思えるような仕組みに変えていくことが大切だと思います。

 少し語弊があるかもしれませんが、私は一日でも早く利用者がスタジオに通わなくて良いように辞めてもらいたいと考えています。スタジオの中に利用者の幸せがあるはずないからです。デイサービスでスタッフと過ごすよりも、家族と一緒にクリスマスの方が楽しいはずです。デイサービスがイベントだらけの安住の地になっては本末転倒です。

ドイツ風のカフェをコンセプトにした内観の様子。休憩時には利用者が中央の机に集う
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 利用者にとっての本当の幸せは、自らの意思で選択し、自由に動ける世界の中にしか存在しないと思います。ポポ・ケセラセラはそのために必要な環境をあらゆる手段で整備したいと考えています。

――今後の展望を教えてください。

 まずは、全国展開を目標にしています。ただ闇雲に数を増やすという意味ではなく、ポポ・ケセラセラの事業を必要としてくれる地域に展開していくのが理想です。地域再建の一役を担う存在にとして各地にしっかりと根付いていきたいのです。

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 ポポ・ケセラセラがある地域は、子供から高齢者までみんながいきいきと暮らしていて、近隣には人々が集う設備の充実した公園や商業施設がたくさんある。ポポ・ケセラセラという存在が、高齢者だけでなく地域に住むすべての人々の暮らしを豊かなものにする潤滑油であってほしいとも思います。

 これらのビジョンを実現していくために、ポポ・ケセラセラは今後もショッピングセンターという立地を活かした地域貢献に取り組んでいきたいと思います。そして「私だったらどうされたいか」「私だったらこれで満足できるか」という当事者意識を持った運営の原点を大切にしていきたいと考えています。