精液は“宝の山”だ

瀧本陽介氏 ダンテ 代表取締役CEO/ヘルスケアシステムズ 代表取締役

2018/08/29 05:00
伊藤 瑳恵=日経デジタルヘルス

 自宅で採取した精液を郵送すると、精子濃度や精液量、総精子数などを測定することができる――。そんな検査キット「BUDDY CHECK(バディチェック)」を2018年7月に発売したのが、広島大学発ベンチャー企業のダンテだ。

 一般的な精液検査では精液中の「精子」を検査するが、同社のキットの特徴は精液中に含まれる「精しょう」を見ることである。精しょうには、精子のパフォーマンスに関わる多くの成分が含まれており、精子の持久力や動きのパターンに影響を与えることが分かっているという(関連記事12)。

 実は、精しょうの成分は生活習慣の影響を受けるため、今回のサービスを生活習慣を見直すための指標として利用してもらうことも想定している。その狙いや背景について、同社 代表取締役CEOの瀧本陽介氏に聞いた。

ダンテ 代表取締役CEO/ヘルスケアシステムズ 代表取締役の瀧本陽介氏(写真:上野英和、以下同)
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(聞き手は伊藤瑳恵=日経デジタルヘルス)

――なぜ「精液」に目を付けたのですか。

 まず重視したのは、非侵襲で採取できることです。血液は、さまざまな検査を行うことができるのでとても魅力的な検体ではありますが、指先に針を刺すなどして自己採血をしなくてはなりません。私も研究の一環で自己採血をすることがありますが、慣れるまではビクビクしていたことを覚えています。

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 できれば痛みを伴わずに楽しく検査をしてほしい――。そんな思いから、非侵襲に採取できる精液に目を付けました。

 さらに、ベンチャー企業ならではの視点もあります。資金力やマンパワーが乏しい私たちは、他とは違う目線で動かないといけません。他の企業との差異化を図らなくてはいけないという意識を強く持っていました。

 そういう意味で、精液は我ながら目の付け所が良かったと思います。大学も企業も検体を集めるのに相当苦労しています。事実、論文数を比較しても、精液に関する研究は血液や尿に関する研究に比べて格段に少ないことが分かります。

 もともとは、男性向けの検査を作れないかと考えを巡らせて着目した検体でしたが、「何かありそうな気がする」と思った直観は正しかった。今では、精液は“宝の山”とさえ感じています。

――「BUDDY CHECK(バディチェック)」は、クラウドファンディングによる検体収集を経て発売に至りました。クラウドファンディング実施の際と実際の製品で改良を加えた点はありますか。

 精液を採取する方法に改良を加えました。クラウドファンディングで検体を提供していただいた際には、2重にしたビニール袋に精液を採取してもらっていましたが、全量の採取が難しかったり、ビニール袋から漏れてしまうことがあったりと不評でした。

 そこで、特殊な撥水加工を施した専用カップ「ComeCum Cup(カムカムカップ)」を東洋アルミニウムに作成してもらいました。カップで採取した精液を容器に入れやすくなりました(関連記事3)。

「ComeCum Cup(カムカムカップ)」(提供:瀧本氏)
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――事業を展開する上で、意識していることはありますか。

 私は研究者ではないし、勉強はしているけれどこの分野の専門家ではありません。だからこそ、一見型破りにも見える発想を大切にしたいと思っています。

 精液の検査キットを手掛けたら、「一体誰が検体を送ってくれるのか」と言われました。専門家ではないから、その世界での常識を知らなかったのです。

 知らなかったからこそ、専門家が「できない」「売れない」「意味がない」と思うことにもチャレンジすることができました。今となっては、それが良かったと思えます。

――批判の声に負けず、突き進む強さはどこから生まれたのですか。

 実は、一時期いわゆるニートだった時期がありました。大学の博士課程を中退し、実家に帰ってくすぶっていたのです。

 その経験があるから、ハングリー精神は強かったです。失敗しても、あそこ(ニート)に戻るだけ。どこかでそんな気持ちがあったからこそ、思い切って挑戦できたと思います。

――2009年には郵送検査キットを手掛けるヘルスケアシステムズを設立され、代表取締役を務めています。

 ヘルスケアシステムズでは、尿を検体とした4種類の検査キットを販売しています。それぞれ、(1)大豆イソフラボンの代謝物であるエクオール、(2)腸内環境、(3)酸化ストレス、(4)食塩摂取量、の検査ができます。これらの項目は、食生活に影響を受けるものばかりです。

ヘルスケアシステムズが提供する4つの郵送型検査キット(提供:瀧本氏)
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 ダンテが提供している「BUDDY CHECK」では、精液中の「精しょう」を使った検査を行っていますが、実はこの成分は生活習慣などによって変化することがこれまでの研究で分かっています。

 両社が手掛ける検査キットで私たちが行いたいのは、生活習慣を可視化することです。例えば、骨が折れて病院にかかれば、必ずレントゲン撮影をしてから医師が診断や治療を行います。高熱が続き、インフルエンザの疑いがある場合も、雰囲気で診断されることは決してありません。

 しかし、病気の手前の状態では、このような“測る”行為がほとんど行われません。健康関連商品を手にとるきっかけは、テレビCMや雑誌の記事などで広告を目にして「これ良いかも」「効きそう」と直観で判断することがほとんどではないでしょうか。

 とにかく使ってみて効果を実感できれば良いですが、多くの人は「面倒くさくなった」「なんだか自分には合わない」「他の物の方が良いかも」と感じ、次第に使わなくなってしまいます。サプリメントなどの臨床試験は、基本的に1~3カ月継続して使用した場合の効果を検証していますが、そこまで継続する人が少ないのです。

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 また、効果を実感しにくい健康関連商品も多いです。骨を元気にする効果があっても、それを体感することは難しい。せっかくメーカーがエビデンスを集めても、消費者が直観で商品を選び、継続するかどうかを体感で検討するなら、適切な消費者に商品を届けることは難しくなってしまいます。こうしたミスマッチは生活習慣が可視化できないことによって数多く発生していると思います。

 もっと身近な例でいうと、スーパーマーケットに行けばさまざまな減塩食品が陳列されています。血圧が高い人は、医療機関から減塩に関する指導も受けているはずです。それにも関わらず、私たちは塩を日々何グラム摂取しているか知りません。つまり、減塩食品によってどれだけ減塩できたかも分からないのです。測ることができないから、“つもり減塩”をするほかありません。

 そこで私たちは、生活習慣の“物差し”を提供しようと考えました。病気の診断における検査に相当するでしょう。こう考えたことが、郵送型検査キットを手掛けることになったきっかけです。

――“物差し”としてどのように使うことを想定していますか。

 やみくもに健康関連商品を手にするのではなく、その前に私たちの検査キットを物差しにして生活習慣を測ってもらい、自分の状態を理解した上で、改善に必要な商品を利用してもらいたいと思っています。

 例えば、「BUDDY CHECK」を定期的に使ってもらい、精液の状態から自分の状態を把握し、生活習慣の見直しや対策をとるための指標として使ってもらえればと思っています。ヘルスケアシステムズの検査キットであれば、野菜や果物、大豆、塩の摂取量を見直すきっかけになるでしょう。

「BUDDY CHECK」の内容物(提供:瀧本氏)
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――郵送型にしたのはなぜですか。

 実は、ヘルスケアシステムズで提供している検査に関しては、複数の医療機関の人間ドックで受けることもできます。人間ドックの一項目として受けてもらえるのは一つの手だと思いますが、そもそも医療機関には体調が悪くないと行かないでしょう。

 そこで、医療機関に行かなくても実施できる検査を作りたいと考え、郵送型で提供することにしました。採取した検体を自分で検査できるキットも作れなくもありませんが、測定精度を維持するために、検体を送ってもらい検査技師が分析をする形をとりました。

――郵送型検査のニーズは高まっていると感じますか。

 高まっていると思います。ただし、潜在的な市場規模から考えると、まだまだターゲットとしている層のうち数パーセントの人にしか届けられていないと思います。

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 私たちが提供している生活習慣の“物差し”は、健康関連商品を直観で選んでいる全ての人をターゲットにしています。直観による選択をなくすことはできなくても、少しでも多くの人に検査キットを使って生活習慣を可視化してほしいと思っています。

 そして、自社だけで事業を展開するのではなく、健康に関連する食品やサプリメント、デバイスを手掛けている企業と連携していきたいと思っています。

――これまでの取り組みで特に印象に残っているエピソードはありますか。

 ヘルスケアシステムズを立ち上げてから4年間は、郵送検査キットの売り上げが0円でした。別の事業でなんとか経営を回していましたが、本業としてやりたい検査キットの事業は先が見えず、正直辛い以外の何ものでもありませんでした。

 そんなとき、あるメーカーの研究者に私たちが行っている検査の精度を確認してもらう機会があり、従来の方法と精度を比較してもらいました。その結果、とてもきれいに相関がとれ、「本当に良い検査だね」と言ってもらえました。

 今思い出しても涙が出るくらい嬉しい言葉でした。その一言で、なんとかなると思えたのです。

 ヘルスケアシステムズには、今では月に5000~7000の検体(尿)が届きます。1年間の販売個数が200だった時期を思うと、具体的な数字として結果が出ていることがありがたく思います。