健康機器のタニタが「食堂」をやって気付いたこと

谷田千里氏 タニタ 代表取締役 社長

2018/07/23 11:00
伊藤 瑳恵=日経デジタルヘルス

 「タニタ」と聞いて、何を連想するだろうか――。その答えは、この数年でがらりと様変わりしたはずだ。

 もし10年前であれば、体組成計や活動量計などの健康機器を連想したに違いない。しかし、今では「タニタ食堂」を多くの人が思い浮かべることだろう。いわば、“メーカー”から“サービス業”へと大きくイメージが変貌した。

 この変化を推進したのは、タニタの3代目社長である谷田千里氏だ。タニタ食堂を始めとした新たな事業を積極的に立ち上げ、成功に導いてきた。

 なぜ「食堂」を手掛け、そして「食堂」から何を得たのか。健康機器やヘルスケアサービスへの取り組みは現在、どう進めているのか。同氏に聞いた。

タニタ 代表取締役 社長の谷田千里氏(写真:加藤康、以下同)
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(聞き手は伊藤瑳恵=日経デジタルヘルス)

――今やタニタの代名詞ともいえる「タニタ食堂」は、谷田社長が仕掛けた事業です。

 私が社長に就任したばかりの時期にテレビ番組の取材を受け、社員食堂で提供している食事を紹介したのです。500kcal前後で塩分控えめのメニューは、私たちにとっては“当たり前”でも、世間にとっては目新しいものだったようで、大変多くの反響があり、すぐに書籍の出版も決まりました。

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 書籍の販売部数が100万部を超えたあたりから、「どこに行けば食べられるの?」という電話がお客様サービス相談室にかかってくるようになりました。「社員食堂なので一般の方には召し上がっていただけないんです」と答える日々が続いたのです。それまでの主力製品だった体組成計などの製品は、滅多に故障をしないので、あれほど電話が鳴りやまないことは初めての経験でした。

 そんなに要望があるなら事業としてやってみよう――。そう思い立って、レストラン業態のタニタ食堂を展開することにしたのです。当社は創業当時から新しいことに挑戦する姿勢を貫いてきました。過去を振り返ると、特許こそ取得していないのですが、ポップアップトースターや電気ポットをいち早く開発しています。常に柔和なアイデアで新しいことに挑戦する企業風土なのかもしれません。

 ただし、タニタ食堂は弊社にとって新しい挑戦ですから迷いや不安はもちろん伴いました。それを払拭するために思い出したのが、先代の社長である父の言葉でした。決断を迫られて迷うときが来るだろう、そのときに俺がどうしてきたかを教えておく、と言って伝えてくれた言葉です。

 それは、「私欲を捨てて、世の中のためになると思えたら実行しようと決断してきた」というもの。本当に迷ったときには、会社が儲かるかどうかという基準ではなく、原点に戻って世の中のためになるか、人の役に立つかを考える。自信をもって頷けたらやってみることにしているのです。

 世の中というと広いですが、身近なところでいえば、常に顧客の要望に真摯に耳を傾けるように心掛けています。タニタ食堂の展開は、その象徴といえるでしょう。

――“メーカー”が“サービス業”に乗りだすという大きな挑戦でした。

 タニタ食堂を手掛ける以前の事業は、ほとんどが父が始めたもの。だから、うまくいってもいかなくても、「お父さんがやったんでしょ」と言われるのです。

 私にもプライドがあるので、自分が立ち上げた事業がどこまでできるのか、力試しをしたいという思いを強く持っていました。タニタ食堂は、まさにタイミング良く展開できた事業だったと思います。

 率先垂範を心掛けているので、私のチャレンジする姿勢を通じて「いろいろなことをやっていいよ」という姿勢を社内に示す意味もありました。メーカーがサービス業を手掛けるという挑戦は、まさに“旗印”にしやすかったのです。

――タニタ食堂の展開を通して気が付いたことはありますか。

 タニタ食堂には健康への関心が高い人が多く来店してくれます。ですが、それ以外のさまざまな層の人を意識する必要があると強く感じたエピソードがあります。

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 ローソンのお弁当を監修したときのことです。当時は全国展開する企業とコラボレーションした例がなかったため、嬉しくて発売日当日にナチュラルローソンの店舗に足を運びました。以前コンサルティングの仕事をしていた時の癖が残っていて、店内でお弁当を手に取るお客さんをチェックしていました。1時間半くらいはいたでしょうか。店員さんは、さぞ不審に思われたことでしょう(笑)。

 そこで目の当たりにしたのが、タニタのお弁当をカゴに入れた後に、カップラーメンに手を伸ばしたお客さんの姿でした。せっかくお弁当を手に取ってくれたのに、それだけでは満足させることができないんだ、と衝撃を受けました。

 そのお客さんは、服装などからどうやら工事関係の仕事をしていることが想像できました。実は、タニタが監修する500kcal前後のお弁当はオフィスワーカー向けに作られていたため、体を動かす仕事をしている人にはエネルギーが足りていなかったのです。

 カップラーメンをカゴに入れている姿を目にするまでは、タニタのお弁当が全ての人に対応している気でいたので、この“お弁当カップラーメン事件”は強く印象に残っています。さまざまな層に対応したメニュー提供はできていなかったと反省するきっかけになりました。

 この経験を生かして、より広く食事を楽しんでもらおうと考えて始めたのが、2018年6月にオープンした「タニタカフェ有楽町店」の事業です(関連記事)。タニタカフェでは、食事の楽しさや心地よさを重視し、健康への関心の高さによらずにさまざまな人に利用してもらえるよう工夫を凝らしています。例えば、野菜をたっぷり使うことでタニタらしいヘルシーさを出しながらも、カロリーや塩分などはタニタ食堂の基準にとらわれないメニューを展開しています。

――健康への関心が高くない人をどう取り込んでいくのかは、健康計測機器の事業でも共通の課題といえます。

 弊社も健康への関心が低い人に対しては、まだまだヘルスケアサービスを十分に届けられていないことを問題視しています。健康への関心が低い人に「健康になれますよ」と言っても活動量計は売れません。そういう人たちにとっては、健康計測機器を手に取ること自体がハードルになっていると強く感じます。

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 でも、諦めたわけではありません。そういう人たちに健康計測機器やサービスを利用してほしいという思いは強く抱いており、どうにかハードルを低くして手に取ってもらえないかとさまざまな挑戦をしています。

 その一つが、“売り方”の工夫です。現在は、さまざまなアニメやゲームのキャラクターとコラボレーションした商品を販売し、ポップカルチャーマーケットを開拓しようとしています。商品を手に取る動機としては、「大好きなキャラクターがデザインされたグッズが欲しい」という入り口でも良いと思うのです。

 そうしたコラボレーション商品の中には、連動するWebサイトにキャラクターが現れる仕組みになっているものもあります。活動量計のデータを転送すれば、専用アプリやWebサイトで歩数に応じてコンテンツロックが外れ、ストーリーが展開していきます。そうした仕掛けを用意することで、健康への関心が低い人の行動変容につながれば良いと思っています。

 もう一つが、活動量計をポイントカードとして使用するタニタカフェの取り組み。日々の歩数がポイントとして換算され、貯まったポイントは商品と交換することができる仕組みです。

 健康管理のためだけなら活動量計を手に取ってもらえなかった人たちにも、「歩数を計測するとポイントが貯まりますよ」「ポイントはデザートやドリンク、タニタの商品と交換できますよ」と言って使ってもらえるように働きかけています。

 まだ始まって1カ月しか経っていないので十分なデータが集まっていないのですが、歩数をポイントとして使うことで歩数が伸びるなどの行動変容に寄与するかを検証したいと考えています。日々の歩数データを基にして「もっと歩いたほうが良いですよ」などとアドバイスをする次の展開にも生かせるでしょう。

 ちなみに弊社では、今年から活動量計を社員証として使い始めました。キャラクターではなく、社員の顔を活動量計に印刷して、入館時のセキュリティーチェックやコピー機の認証に使っています。

社員証として使っている活動量計(提供:タニタ)
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