患者にとって良い医療、「ビジネス」も必要だった

原 正彦氏 日本臨床研究学会 代表理事/mediVR 代表取締役社長/循環器内科専門医

2018/02/05 09:30
伊藤 瑳恵=日経デジタルヘルス
 経済産業省が2018年1月18日に開催した「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2018」(関連記事12)。このコンテストでグランプリを獲得したのが、VR(仮想現実)とAI(人工知能)を活用したリハビリテーション治療機器を開発するmediVRである。

 開発しているのは、歩行に必要な体幹バランスを鍛えるプログラム。HMD(ヘッドマウントディスプレー)を装着し、コントローラーを手に持った状態で手を動かして体を揺さぶると、体幹が重心からどれだけずれているかを測定することができる。AIを活用して最適な目標値を設定しながら患者に合わせたリハビリテーションを提供する(関連記事3)。

 同社の代表取締役社長を務める原正彦氏は、mediVRの他にも複数の企業を立ち上げた“プレーヤー”としての顔を持ちながら、日本臨床研究学会で代表理事を務める業界の“サポーター”としての役割も担っている。さらに、医師として週に1度は臨床現場で患者に接している。

 さまざまな立場で医療に関わる同氏に、その狙いを聞いた。

日本臨床研究学会 代表理事でmediVR 代表取締役社長、循環器内科専門医の原正彦氏(写真:山本尚侍、以下同)
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――なぜ起業に至ったのですか。

 循環器内科専門医として患者に接するうちに、もっと良い医療を提供したいと思ったからです。自分のアイデアを広く現場に浸透させるために、論文を多数執筆してきました。研究の成果が評価され、AHA(アメリカ心臓協会)とACC(アメリカ心臓病学会)で世界の若手トップ5に3年連続で選ばれたこともあります。

 しかし、アカデミックに発表するだけでは現場はあまり変わりませんでした。そのときに、新しいことが現場に普及するためには3つのことが必要だと考えたのです。医学的に正しいことに加えて、ビジネスとして成り立つ仕組みがあること、そして患者が利用しやすい体制が整っていることです。

 このすべてを揃えるために、自らビジネスをしようと思い立ったのです。医師になった当初からビジネスをすることを考えていたわけではなく、患者に良いものを提供するために始めました。

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 ビジネスをすることは初めてですから、まずは勉強が必要でした。ただし、医学領域でも教育に興味があったため、当初からビジネスを回すプレーヤーと業界を支援するサポーターの両方の役割を担いたいと思っていました。

 そのためには、多くの経験を積む必要がありました。これは医師としての成功体験が参考になっています。医師の能力を向上させるためには、患者を何人診たか、疾患バリエーションをどれだけ経験したかということがとても重要になるからです。

 ビジネスにおいても意図的にさまざまなバリエーションを試しました。始めの3年くらいで、普通の人が10~15年かけて経験するようなたくさんのトラブルを経験しました。スピーディーかつマルチに場数を踏むことができたと自負しています。

 その第一歩として行ったのが、医学統計で使われる解析ソフトのマニュアルを執筆し、Web上で販売するというものでした。ニーズを満たせばその満足感に対してお金を払ってもらえることを実感し、医学雑誌の運営や臨床研究の支援などビジネスの幅を広げました。特許取得などの経験も積むことができ、ノウハウを身につけました。

――起業家としてだけではなく、日本臨床研究学会で代表理事を務められています。

 日本臨床研究学会は、医師主導の臨床研究を支援しています。全国の医師からさまざまなアイデアが集まってくるので、面白そうだなと思うものをビジネスに落とし込んでいます。

 日本の医師が持つアイデアは面白いものが多いです。世界で勝負できるものがたくさんあります。こうした素晴らしいアイデアを論文にして世界に向けて発表したり、賞をとったりするだけでなく、ビジネスとして全国の臨床現場に届けることができれば良いと思っているのです。

 日本臨床研究学会は、今の私にとって“ハブ”のような存在です。その根幹にあるのは、良い医療をみんなが提供できるスキームを作りたいという強い思いです。

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 さまざまなことをしているので、“二足の草鞋を履いている”と思われることもありますが、自分の中ではその全てが一本の線でつながっています。頑張った人が報われる、ワクワクする世の中にしたい――。そのためにさまざまなことをしているだけなので、二足の草鞋を履いているとは思っていないんです。

 医師のアイデアを現場に落とし込むことに加えて、医師に見返りを渡すことも重視しています。アイデアを提供してくれた医師に、立ち上げた会社の株式を持ってもらったり、ライセンス料を支払ったりすることで経済的なフィードバックも渡るようにしています。

 医師から集まってきたアイデアは、きちんと目利きをして選んでいます。臨床現場に立っていた経験を踏まえて、患者や医師にとってのニーズを判断できるのです。

 ビジネスにおける成功は、患者に与えるインパクトの大きさに比例します。しかし、日本において臨床研究分野の後退が著しいことや、これまでの研究支援の経験から推定する限りでは、現場の医師はそれを客観的に捉えることが苦手な傾向にあると考えています。もちろん、目の前の患者にニーズがあればそれを提供する、ということは医師として当たり前の姿勢ですが、一人にしか提供できないものを作るだけではビジネスとして持続可能性をもって取り組むことは難しいと考えています。

――目利きしたアイデアを実現するポイントはどこにありますか。

 アイデアを実現するためには、たくさんの引き出しを持つことが必要です。なぜなら世の中で起こるイノベーションのほとんどは、既に存在するものの組み合わせで起こっているからです。提案されたアイデアが面白いと思ったら、頭の中でさまざまな技術を組み合わせて検証します。

 引き出しの中身を充実させるために、意図的にいろいろなところにアンテナを立てて情報感度を高めています。「なんでそんなことを知っているの?」と言われるようなことまで手を広げています。キーワードを拾ってきちんと調べ、自分の中に落とし込んだ状態でいることで、要素技術をいつでも引き出せるようになるのです。

 アイデアを選ぶときの基準として、フィージビリティー(実現可能性)を最も大切にしています。例えば、フィージビリティーの低いものに、未知の可能性を秘めた夢の技術である再生医療があります。

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 こういった技術はもちろん医学の発展になくてはならない非常に重要な要素です。しかし私たちはこうした技術には手を出しません。なぜなら、現時点で目の前の患者にとって良いことができるかどうかに主眼を置いているからです。今ある技術でできることだけを行っています。

 フィージビリティーが高く革新的なプロジェクトと、フィージビリティーは低いが世の中を変える可能性がある研究は、両輪で進ませる必要があります。しかし、今はフィージビリティーが低く、夢のある研究の車輪が大きくなりすぎていると考えています。そこで、私はフィージビリティーの高い研究に注力しているのです。

――「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト」でグランプリを受賞された心境を教えてください。

「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2018」の様子(この写真のみ編集部が撮影)
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 ほっとしています。開発しているリハビリテ―ション治療機器は、定量評価と定量表示を行うという基本コンセプトはほぼ完成していますが、インターフェースはこれから作りこんでいく段階です。まずは、粛々と機器を作っていきたいと思っています。その上でサポート企業との協業も進めていきたいです。

――VRリハビリテーション治療機器の着想はどこから生まれたものですか。

 今回の開発は、リハビリテーションの定量化ができないという課題からスタートしました。人は定量的なものを目にすることで自分の状態を客観的に捉えることができます。子どもの頃に身長がどれだけ伸びたか壁に線をつけていたのが良い例です。

 こうした物差しがない状態でリハビリテーションを行っていると、患者は治っているのかそうでないのかわかりません。モチベーションが低下してしまう場合もあります。改善具合が一目でわかるものがあれば、こうした事態を防ぐことができます。

 実際、今回の製品コンセプトを発表すると、理学療法士から「まさに私たちがやりたかったことです」「この手があったか」といった言葉を掛けてもらえます。運動目標を定量表示したいという思いはあったものの、それをする方法がわからなかったということです。VRでなくては実現できなかった技術です。

――VRリハビリテーション治療機器については、特許取得からわずか4カ月の間に、安全性試験を経て医療機器製造販売許可を取得したと聞きました。このスピード感の秘訣は何でしょう。

 アカデミアとビジネスの経験値を積む中で、特許取得の方法や安全性試験のやり方などについても熟知したことが理由です。世界のコンペティションで戦いながら身に着けた「人をどう説得すれば納得させられるか」というノウハウも生きていると感じます。弁理士も驚くようなやり方で特許を取得していますが、現在までの特許査定率は100%です。

 人を納得させるために一つひとつの言葉選びに気を配るのは、医師として患者と接するときも同じです。人によって響く言葉は違うからです。例えば、「たばこを吸うのはやめてください」と言っても吸い続ける人に、「最近たばこを吸わない人がモテるらしいですよ」と言うと行動が変わることがあります。

――表現の仕方を工夫することは、ヘルスケアにおいても重要になりますね。

 もちろんです。私たちは、「Entertainment with hidden healthcare curriculum」という概念を提唱しています。遊んでいたら自然と健康になるということを目指すものです。

 この先駆けが「ポケモンGO」です。生活習慣病の患者さんの運動量が増えたり、自閉症といった精神系の疾患を抱える人が家の外に出てコミュニケーションをとるようになり症状が改善するといった現象がみられています。これは、エンターテインメントファーストですが、結果的にヘルスケアにも非常に有効だったということです。ポケモンGOはヘルスケアを見据えたものではなかったかもしれませんが、“楽しんでいるだけで元気になる”ことを私たちは意図的に実現したいです。

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 VRリハビリテーション治療機器でいえば、ゲームをしていたら、安定した歩行能力やデュアルタスクの処理能力が高まって、認知機能が改善していた――という具合です。このプログラムは、治療機器としてだけでなく、ゲーム機として販売することも検討しています。

 リハビリテーションとしても、楽しんで使ってもらいたいと強く思います。脳梗塞発症後のリハビリテーションは離脱率が高いことが知られていますが、やらされていると感じるものは長続きしません。患者が面白いと思わないと意味がないのです。

 安全性試験では、個人で使う場合と5~6人のグループで使う場合の2通りの場面を想定しました。グループで代わる代わるVRを体験した場合、利用者が声を掛け合ってワイワイ楽しそうにしていたのが印象的でした。既に介護施設への提供も決まっていますが、デイサービスなどで使ってもらうことも想定しています。

 例え良いものだとしても、押しつけはよくない。患者に寄り添ったものを提供しなくてはいけません。患者にとっての正義と私たちの正義が時として異なる場合もあるのです。

――患者に寄り添うためにどのような工夫を施していますか。

 プログラムを作る上では、利用者とプログラムのインタラクションに気を付けています。上からものが落ちてくるときに、「上を見上げてください」という指示なしで伝えるにはどうしたらいいでしょうか。ゲームの世界では、何かが打ち上げられたような演出をすることで上を見上げさせることができます。

 長年日本で親しまれている「スーパーマリオブラザーズ」というゲームでは、画面の左側にマリオが立っている状態で始まります。左に動かそうとしてもマリオは進まず、右に動かすと画面がスクロールします。あえて言葉で伝えなくとも右に動くゲームということを指示しているのです。

 直接「〇〇してください」と指示はしないけれど、理解して進められる仕掛けを作ることができる。日本が得意とするゲーミフィケーションの分野を生かした仕掛けをふんだんに使いたいと思ってます。

――今、目指されていることを教えてください。

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 私は医療にフォーカスしているので、一人ひとりの患者の価値観に合った医療を提供したいと思っています。そして、その先には日本に住むすべての人がその人なりに幸せに生きられる世の中を実現したいという夢を描いています。

 今の日本には、他人の失敗に不寛容であったり、好ましくないことを押し付けたりするような雰囲気があり、それがすごく嫌だと感じています。挑戦したいことがあれば挑戦すれば良いと思うのです。

 例えば、患者のことを一生懸命に考える医師なら、論文を書いてアカデミックにも成果を残しながら、ビジネスに落とし込んでお金持ちにもなってもらいたい。そんな風に頑張った人が報われるような世の中に、もっとワクワクする面白い世の中にしたいです。

 私のような人間が成功することで「俺もやったろ!」と思う人も出てくるはずです。挑戦に否定的な雰囲気もどんどん壊していけたらと思います。